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第315話「トールの槌と静止する月光」
鳴る塔の床に置かれたトールの巨大な槌は、窓から差し込む月光を鈍く反射していた。
槌が落とす長い黒い影は、石造りの床を真っ二つに割るようにして伸びている。
トールはその影の端に視線を落としたまま、大きな身体を微動だにさせなかった。
オーディンは部屋の奥で、古い羊皮紙に刻まれたルーンの文字を指先で追っていた。
外の灰色の空からは、音もなく細かい雪が降り始めていた。
世界の果てが白く染まっていく中で、この塔の内部だけが、異様なまでの存在の密度を保っている。
「奴らの日常は、今日も変わらなかった」
トールが呟くように言った。
「市場の林檎は、明日も同じ値段で売られるだろう」
オーディンは羊皮紙から目を離さず、ただ短く鼻を鳴らした。
その無関心こそが、人類が世界を維持するための最大の武器であることを、彼らは知っている。
神話が牙を剥くことなく、ただ影としてそこに存在し続けること。
槌の影は、月が移動するにつれて、ミリ単位でその角度を変えていった。
境界接触率:5.2%
観測層:第2層 記録単位:存在強度固定 対象個体:トール
備考:固有武装の非戦闘時における概念圧の安定的放射。
記録主体:Archive 状態:稼働中




