■ 第29話 「本格侵攻」
“何か”が、一歩前へ出た。
それだけだった。
だが。
神話側世界が軋んだ。
空間。
距離。
時間。
全てが悲鳴を上げている。
アテナが観測を続ける。
「存在規模……測定不能」
「神話側許容量を超過しています」
ポセイドンが顔をしかめる。
「デカいとかそういう話じゃねぇぞ……」
裂け目の奥。
“本体”が近づいている。
姿は定まらない。
見る度に変化する。
巨大な目。
無数の腕。
海。
星。
闇。
全部が混ざっている。
そして。
一定時間ごとに形が変わる。
固定されない。
理解を拒絶している。
ハデスが低く言う。
「見続けるな」
「認識が引っ張られる」
ポセイドンが視線を逸らす。
だが。
遅い。
頭痛。
吐き気。
存在そのものが揺れている。
ゼウスだけが前を見ていた。
「……来るか」
次の瞬間。
裂け目が完全に開いた。
沈黙。
そして。
“向こう側”が流れ込む。
空。
海。
闇。
星。
全部。
神話側世界へ。
アテナが叫ぶ。
「侵入開始!!」
同時。
大量のロキ型存在が降り立つ。
以前とは違う。
完全に安定している。
神話側空間へ適応済み。
ポセイドンが海を展開。
黒海。
侵食済み海洋。
津波がロキ型存在群を飲み込む。
だが。
次の瞬間。
ロキ型存在群が、同じ海を展開した。
空気が止まる。
ポセイドンが絶句する。
「は?」
黒海同士がぶつかる。
衝突。
圧壊。
神話側の海が押し負ける。
アテナが観測を続ける。
「出力……上回っています」
「最適化されています!」
ゼウスが雷を放つ。
全域殲滅。
以前なら空間ごと消し飛ばす一撃。
だが。
ロキ型存在群が同時に雷を放つ。
雷同士が衝突。
神話側の雷が砕けた。
沈黙。
ポセイドンが顔を引きつらせる。
「おいおい……」
ハデスが冥府を展開。
死を流し込む。
ロキ型存在群の動きが止まる。
だが。
次の瞬間。
“向こう側”が死を再構築する。
停止解除。
以前より速い。
以前より自然。
アテナが震える声で呟く。
「完全適応……」
神話側の優位が、消えている。
ロキが裂け目の奥から笑う。
だが。
疲れている。
存在が揺れている。
「だから言ったろ」
「教材だって」
その時だった。
“本体”が、神話側へ触れた。
空間が消える。
都市が消滅する。
神話世界そのものが削られていく。
ポセイドンが怒鳴る。
「止めろ!!」
海を叩き込む。
だが。
海が“吸収”される。
黒い海が、“向こう側”へ混ざっていく。
アテナが絶句する。
「概念吸収……!?」
“向こう側”が、神話側法則を食っている。
理解ではない。
捕食。
ハデスが低く言う。
「終わるな」
ゼウスが前へ出る。
雷を纏う。
以前より弱い。
それでも。
立つ。
「まだだ」
ポセイドンが笑う。
苦い笑み。
「らしくなってきたじゃねぇか」
アテナが観測を続ける。
だが。
その目が止まった。
「……?」
ゼウスが振り返る。
「何だ」
アテナは、“向こう側”を見ていた。
巨大な本体。
その奥。
さらに奥。
“別の反応”がある。
空気が重くなる。
アテナの声が震える。
「……まだいる」
沈黙。
ポセイドンが顔をしかめる。
「何がだ」
数秒。
そして。
「“本体”が複数います」
世界が止まった。
――観測記録
観測層:第3層
対象:外部存在群
状態:本格侵攻開始
更新:
神話側世界侵入を確認
変化:
神話側法則 吸収開始
評価:
第一防衛線 崩壊寸前
補足:
対象は神話側概念を“捕食”している
追加記録:
超大型反応 複数確認
結論:
現在接触中の個体は一体ではない
(次話へ)




