第286話「ケルトの森と沈黙する水滴」
ケルトの森の奥深くでは、濃い霧が地面を這うようにして絶え間なく流れていた。
ケルヌンノスは巨大な角を木々の枝に触れさせながら、静かに佇んでいた。
彼の足元に配置された三つの石は、周囲の色彩を失った景色の中で、強い硬度を保っている。
森は、侵食に対して牙を剥くことはしない。
ただ、外の世界から切り離された「別の世界」として、そこに静かな圧を保ち続けている。
説明を削り、意味を削り、ただ自然のままの沈黙をここに留めること。
一羽の無名の鳥が、霧の向こうから音もなく飛来し、石のすぐそばに降り立った。
その鳥には、羽の模様も特有の鳴き声もなかった。ただ鳥の形をしたもの。
鳥は石の硬さを確かめるように首を傾げた後、再び灰色の空へと飛び去っていった。
ケルヌンノスはその軌跡をじっと見送った。彼は守るためではなく、忘れないためにここにいる。
失われたものの名前を呼ぶことはしない。ただ、その喪失を森の記憶に沈めるだけ。
語りすぎない勇気が、この領域を侵食の爪牙から守る唯一の盾だった。
木々の葉から落ちる一滴の水滴が、静かに土へと染み込んでいく。
境界接触率:4.6%
観測層:第3層 記録単位:無名個体確認 対象:ケルト圏(境界内縁)
備考:中小神話の消滅に伴う、残留概念の土壌物質への定着確認の継続。
記録主体:Archive 状態:稼働中




