第237話「白紙の夢記録が持つ意味」
久世恒一の前に積まれた夢記録の束の中に、また新しく四枚の白紙が加わった。提出したのは、この町に住むごく普通の会社員や主婦たちだった。氏名と日付、そして「夢を見た感覚はあるが、内容を一切思い出せない」という短い共通のメモだけが添えられている。
資料室のルールでは、内容のない記録は不備として却下されるのが原則だった。しかし、久世は迷うことなく、そのすべてに受理の青いスタンプを押していった。窓際でペンを動かしていた柿崎が、スタンプの重い音を聞いて顔を上げた。「また中身のない夢?」と彼女は聞いた。
久世は頷き、その白紙の紙面を指先で静かに触れた。「ええ。でもこれはただの忘れ物じゃない気がするんです。彼らは確かに、境界の向こう側と接触した。その衝撃で中身は削ぎ落とされたけれど、接触したという事実だけを、体で覚えて帰ってきた。だからここに持ってこずにはいられなかったんですよ。世界は忘却で壊れるからこそ、この白紙が必要なんです」
柿崎は万年筆を机に置き、深く息を吐いた。「そうね。何もないという記録は、そこに、かつて何かがあったという証明になる。何も書かれていない紙が資料室に増えれば増えるほど、世界が何を失いつつあるのかが逆説的に浮かび上がってくるわ」
久世は受理した書類を、専用のファイルに慎重に綴じた。棚にはすでに、同様のファイルが何冊も並んでいる。中身のない記録の集積。それは、英雄の物語のように華やかではないが、世界が今まさに忘却と戦っている最前線の数字そのものだった。静かな部屋に、また一つインクの匂いが重なり、失われたものの輪郭を微かに形作っていく。
観測層:第4層 記録単位:記録品質変動 対象:夢記録(空白パターン)
備考:内容欠落記録の受理数の増加。喪失の定量化としての機能。
記録主体:Archive 状態:稼働中




