初戦とチートの片鱗
薄暗い森の縁。
さきほどまでの張り詰めた空気は和らいでいたが、それでも外にはまだ危険が満ちている気配があった。
ユイは振り返り、じっとオルハを見る。
「オルハさん。戦えますよね?」
軽い調子の問いかけ。だが、その目はしっかりと相手を見ていた。
オルハは一瞬だけ言葉に詰まり、視線をわずかに逸らす。
「……戦ったことは、ないです」
静かな告白だった。
その一言に、ユイの動きが止まる。
「まじですか?」
間髪入れずに声が上がる。
「封印とか結界とか使ってたじゃないですか。術師ですよね? それに、腰に刀まで差してるし……戦闘職なんじゃないんですか?」
じっとオルハの腰元を見る。
「コスプレですか、それ? ……いや、でも禍々しい刀ですし、コスプレではないですよね」
首をかしげながら、半分本気、半分冗談のように言う。
オルハは苦笑した。
「……封印と結界は御札を使ったものなので、私自身は使えません」
「一応、力とか能力はあるのですが……実戦はありません。ゲームでの戦いしか経験がないです」
一瞬だけ言いよどむ。
「……でも、裏山で百五十キロ以上のイノシシと戦って、勝ったことはあります」
その言葉に、ユイは「ああ」と納得したように頷く。
「なるほど。異世界転生の定番ですね。素人がいきなり能力を手に入れた序盤ってやつですか」
少し楽しそうに言いながら、顎に手を当てる。
「なるほど……」
一度考え込むようにしてから、ふと顔を上げる。
「一応、今までどこかに所属していました? うちは個人経営で、どこにも所属していなかったですけど」
軽く肩をすくめる。
オルハは首を振った。
「どこにも所属していないです。フリーです。……というか、こういう仕事自体していませんでした」
「なるほど」
ユイはすぐに理解したように頷いた。
「初心者ですね」
はっきり言い切る。
だが、その口調に棘はない。
「でも、今からは私とパーティーを組んで、一緒に魔物を倒して強くなりましょう」
軽く拳を握る。
「それなら、まずチュートリアルですね」
少し楽しそうに笑った。
「私が外で魔物を一匹だけ釣ってきますので、オルハさんが倒してください」
すっと指を一本立てる。
「鑑定とかあればレベルも分かるんですけど……無さそうですし、仕方ないですね」
肩をすくめる。
「なんとなくですけど、相手の力量は分かるので、最悪強ければ私が結界で守ります」
少し胸を張る。
「結界だけは自信あるんですよ」
その言葉に、オルハは小さく頷いた。
「ありがとうございます。それとですね……この世界はレベル制ではないです経験値もないです。魔物を倒しても強くはなれません」
ユイの眉がぴくりと動く。
「魔物の素材とかは売れます」
オルハはゆっくりと言葉を続ける。
「説明しますが、この世界は千年ほど前は剣と魔法の世界で、様々な種族がいました。神様も実在しています」
淡々とした語り。
「魔王や悪魔や魔族はいませんが、似た種族はいるみたいです」
ユイは興味深そうに聞いている。
「あと、十五歳で成人で、教会で職業を選べるそうです。その職業に応じたスキルが手に入るみたいですが、すぐではなく経験で生えてくるらしいです」
「なので、十五歳までの経験とかも影響して、選べる職業が決まるらしいです」
「スキルは枝分かれして増えていき、人によって変わるそうです。王や貴族、冒険者ギルドもあるみたいです」
少しだけ間を置き。
「私たちも……教会に行けば、職業が選べます」
最後に付け足す。
「ただ、この情報は千年以上前のものなので、今は違うかもしれません」
話し終えたあと、少し静けさが戻る。
ユイは、ぱっと顔を輝かせた。
「おおーーー、ファンタジーですね!」
一歩前に出る。
「この世界って、職業制とスキル制の混合なんですね」
一瞬だけ考えるように視線を上げてから、ぱっと表情を明るくした。
「私は魔法職がいいです。……いや、賢者がいいですねー。楽しそうです」
わくわくした様子で笑う。
そして、ふと真顔に戻る。
「オルハさん、では戦えそうですか?」
じっと見つめる。
「オルハさん?」
視線を重ねる。
オルハは、わずかに息を吐いた。
「……やってみます」
短いが、迷いのない返答だった。
「では、釣ってきますね」
ユイは鞄から紙の人形を取り出す。
それに意識を向けると、人形はふわりと浮かび、滑るように森の奥へと消えていった。
「オルハさん、駄目そうだったら言ってくださいよ」
振り返りながら言う。
「こっちでも無理だと思ったら結界張りますので」
「了解です」
オルハは頷く。
「いきます」
鞄に手を入れる。
子狐に頼んで工場で大量生産した鉄球と鉄の杭は、収納巾着の中にまだいくらでもある。
その中から鉄球を一つ取り出し
重みのあるそれを、軽く握り――投げた。
次の瞬間。
鉄球は一直線に飛び、釣られてきた魔物を貫通した。
勢いは止まらない。
そのまま奥にいた魔物たちまで貫きながら、鉄球は消えた。
一瞬の静寂。
ユイが固まる。
「……何してるんですか」
ぽつりと呟く。
「チートですか。投げただけであれって……何なんですか、それ」
一拍置いて、呆れたように息を吐く。
「どこの漫画の話ですか」
乾いた声。
だが次の瞬間、顔色が変わった。
「でもヘイトがすごすぎです!」
森の奥がざわめく。
「一斉にこっちに来てますよ!」
複数の気配がこちらへ向かってくる。
「どうするんですか! こんなの、大量の魔物……私の結界でも持ちませんよ!」
オルハは一瞬だけ状況を見て、すぐに判断した。
「すいません、こっちに来てください。逃げます」
ユイはすぐに動く。
「はい! 何か方法があるんですか?」
オルハのすぐ近くまで駆け寄る。
「じゃあ、行きます」
次の瞬間――
ユイの体がふわりと持ち上がる。
オルハはそのまま彼女を担ぎ、空間を切り裂いた。
景色が歪み、一瞬で変わる。
次に足をつけた場所は、安全な開けた場所だった。
「……」
ユイは地面に降ろされる。
数秒の沈黙。
そして――
「ずるいです」
じとっとした視線。
「こんなのチートじゃないですか。オルハさんだけチートです。ずるいです」
腕を組んで睨む。
「もしかして白い空間で、謎のおじいちゃんとか美女に何かもらいました?」
じーっと見つめる。
オルハは苦笑する。
「ははは……ちょっと失敗しました。申し訳ないです」
軽く頭を下げる。
「白い空間は行ってないですよ」
その言葉に、ユイはしばらく無言で見つめ――
ふっと息を吐いた。
「……まぁいいです」
肩の力を抜く。
二人はその場に腰を下ろした。
しばらくの間、ただ呼吸を整える。
まだ、鼓動は速いままだった。
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