慈愛
「……そういえば、今日の配信と通信ができていないんじゃ……ダグラス国王陛下が心配されているだろう」
「そうなの。国民向け配信は明日の朝イチで行うとして、ダグラスへは今から連絡を取っても良いかしら?」
「ああ、そうしてほしい。俺からお詫びを申し上げさせてくれ」
「デクスター閣下のことは報告しない方がいいと思うわ。ダグラスは過剰に心配するから。今すぐ帰って来いと言いかねないわ」
「そうだな……今すぐ、帰ったほうがいい。君のことを思うなら、そうすべきだ」
立ち上がったエリオスを見上げた。急に突き放されたように感じて驚いた。
「どうして? デクスター閣下への対策はきちんと講じてくれたんでしょう。まだ危険性が?」
エクリシアへ来てまだ数日だ。エリオスの呪いを解くどころか、拉致騒ぎを起こして面倒しかかけていない。見限られるにしても早すぎる。
「危険なのはデクスターだけじゃない。俺も君に魅了されて、いずれああなってしまう。勿論そうなりたくて君を派遣してもらったし、そうなることを見越しての対策も、前もって講じてある。君に魅了された俺が例え暴走しても、君は必ず安全に自国へ帰られるように。ダグラス国王陛下とも協議して」
「それなら良いじゃない」
「良いと思っていた。が、今日気づいた。俺は君の気持ちを蔑ろにしている。今日のようなことがあって、君がどんな恐怖を味わうか、嫌な思いをするか、考えていなかった。君を待つダグラス国王陛下とアルディア国民の気持ちも軽んじている。自分が生きるために、それらを踏みにじって良いのかと自問している」
目から鱗が落ちた。
「真面目ね。良いのよ、生きることのほうが大事で。大事にして。助けたいと思った人が死ぬのって、すごくショックなことなの。最善を尽くしても後悔するのに、何もしないでエリオスが死んでしまったら、すごく嫌。私に嫌な思いをさせたくないって言うなら、死なないで」
真剣に願った。ダグラスのもとへ戻れなくなる心配より、いま目の前にある命が失われる未来が恐ろしかった。
魔女裁判にかけられて処刑されそうになったとき、それに抗議して自殺した貴族たち。彼らの死が心に重い影を落としている。
「ありがとう……アイリーナ。聖母の慈愛に感謝する」
悪女だ魔女だと恐れられた私が、今では慈愛に満ちた聖母とは滑稽な話だ。




