エリオス王子
その夜遅くに戻ってきたエリオスは、遠慮がちに寝室へ入ってきた。
「起こなさいように、寝顔だけ見ようと思ったんだが……」
「お帰りなさい。気になって、先に寝られなかったわ」
エリオスはベッドに腰かけた私の正面へ来て、両膝を着いて、膝立ちの姿勢で視線を合わせた。
「危険な目に遭わせて本当にすまなかった。デクスターには君への接近を禁止し、今後一ヶ月間、エルメリアの都外へ出ないことを誓わせた。受信鏡も取り上げた。それで魅了の影響が抜けて、正気に戻れることを願っている。向こうに監視をつける。もし約束を破って、君に接近しようとした場合は刑罰に処すと宣告した。今回だけは私の顔に免じて、許してほしい」
「ええ、分かったわ」
私のあっさりとした返事にエリオスは拍子抜けした顔をした。
「閣下は一般人じゃないものね。王族間での揉めごとを表へ出したくないのは分かるし、色々と面倒な事情があるんでしょう。エリオスの呪いのことも秘密で、私との関係も公表できないものね」
「アイリーナ……」
エリオスは両手を出して、私の手を取った。
「君は本当に慈悲深い、まさに聖母だ。デクスターも言っていた。君はあの状況で、自分の身より我が国とデクスターのことを案じて、配信を止めるよう叫んでいたと。それを聞いて、居ても立ってもいられない気持ちになって、馬を飛ばして帰ってきた」
低い姿勢から私を見上げるエリオスの眼差しにドキリとした。少し熱っぽく、情愛を帯びている。一瞬怯んだが、良い兆候だ、と思うことにした。
「私は当然のことを言ったまでよ」
エクリシア帝国とデクスター閣下のためでもあり、何より自分のためでもある。
勝手に熱愛配信などされては、アルディア国内が大混乱に陥り、全国民を裏切った聖母はもう国へ戻れない。帰る場所を失ってしまう。
ダグラスが苦労して作り上げた聖母像と楽園が、水の泡だ。
握った私の手の甲に、エリオスが慈しむような口づけをした。エリオスの左手に嵌った白手袋を見て、魔女の口づけを連想した。
呪いをかけた魔女も、こうやって手の甲にキスをしたという。
「その手首の紐は?」
右手首には、毛糸で雑に編まれた不格好な紐が嵌っている。
「ああ、これでアイリーナの居場所を特定した。髪の毛が持ち主に戻るという魔術を応用したんだ。ブルーナを召喚して、櫛から採取したアイリーナの髪の毛を持ってこさせ、見失わないように毛糸に編み込んでブレスレットにした。これに導かれて、あの邸宅を突き止めた」
「そうだったのね、すごい」
高貴な王子に不似合いな、不格好な毛糸のブレスレットをしげしげと見た。自分の抜け毛が編み込まれていると思うと汚らしく、今すぐ外してほしい衝動に駆られた。
「もう外して大丈夫ね?」
「うん」
外そうとしたが、結び目が固くて解けない。
「駄目だわ、きつく結んである」
「ハサミがいるな。後で外すよ」
端正な顔で真面目に答えるエリオスの不器用さが、急に愛しく思えた。何でもそつなくスマートにこなせるように見えて不器用で、力を抜けない人なのだ。




