ファン
「え〜っ! ありがとう!! 配信をずっと聴いてくれてたなんて、アイリーナ嬉しい!」
こうなったらいつもの天真爛漫キャラ、『みんなの聖母アイリーナ』になりきって乗り切るっきゃない。
「このお部屋もとってもステキぃ。センスいーい! エルメリアの都の中にある建物なのかしら?」
ベッドから下り立って、デクスター閣下の横をたたっと走り抜けて窓際に駆け寄った。
カーテンをめくって見えた空は夕暮れだった。そしてここは二階で、住宅街の一角らしい。
きっとエリオスは私を探しているだろう。待っていたはずの店内から忽然と姿を消したのだから、危機的状況だと気づいたはずだ。
「静かでいい場所でしょ」
隣に来たデクスター閣下が、カーテンをきっちり閉め直して言った。
「誰も来ないよ。邪魔は入らせない」
私の方へ向き直り、閣下が言った。
「ねえ、アイリーナ。抱きしめさせて。ずっと夢だったんだ」
両手を広げて迫ってくる。うっとりとした蒼い瞳は熱に浮かされたようだ。
抵抗して拒絶した場合、手のひらを返したように攻撃的に凶暴になる者は多い。上手くコントロールしないと危険だ。
伸びてきた長い腕に大人しく包みこまれた。
「ああ、なんて可愛くて愛おしいんだ。ずっと俺のそばにいて」
「デクスター、そうできたらいいんだけど。今日は本当に時間がないの。エリオスも心配しているだろうし。日を改めて、またゆっくり会いましょう」
「嘘をつくな。時間がないなら、なんで行列のできるパントミント屋さんにいたんだよ。エリオスとお忍びデートしてただろ。許せないよ、俺の方が先にアイリーナを好きだったのに。アイリーナは誰のものにもならない、みんなのものだったのに、裏でコソコソ男とデートしてるなんて、ひどい裏切りじゃないか。ねえ、エリオスとはどういう関係? あいつのこと好きなの?」
言葉はきついが、抱きしめる力は優しい。そっと抱擁を解いて、泣きそうな顔をしたデクスター閣下を見上げた。
「好きじゃないわ。私は誰も特別には好きにならない。私は聖母アイリーナよ。みんなのことが大好きなの」
「俺のことも?」
「ええ、もちろん。だからお願い、今日は帰して。エリオスには上手く話をつけるから、ラウリを呼んで」
「駄目だ。ラウリにもエリオスにも会わせない。アイリーナは今から俺のものになるんだ。俺がアイリーナの特別になる。俺がアイリーナを救う」
「救う?」
「ああ。俺はちゃんと知ってるよ。アイリーナは本当は寂しいんだ。万人に愛されても、特別な一人にはなれない。使い魔しかいない楽園でたった一人で暮らして、寂しくないわけがない。だけどアイリーナはいつも元気にはしゃいでいて、弱いところは見せない。その健気さがまた愛しいよ。無理してるんだよね。だから楽園を出て、こんな遠い国まで来て、王子と一夏の恋人ごっこ? エリオスはやめときなよ。俺のほうがよっぽど、ちゃんとアイリーナを分かってるし、愛してる」




