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めったにない雪

『恥の多い人生を送ってきました』

誰かの何かの本で読んだ言葉だったと思う。

でもそんなに長い人生を僕は送ってはいない。

20年やそこらの時を生きたところで語れることは多くないだろう。でも僕の人生から一つだけ言えることがある。

僕らは人生の主人公にはなり得ないということだ。


 2023年の冬、僕は浪人生として大学受験を控えたただの人間だった。そう、何者でもない、何処にも属していない、なんの肩書きも持たない学生だった。

予備校では最後の授業が終わり、ほかの浪人生たちが教師に対してサインや激励の言葉をねだるのを横目に僕は独りで教室を逃げるように去った。そしていつもの外の何気ない場所がよく見えるお気に入りの自習室の席に座り、自販機で買ったコーヒーを机の端に置き、手癖に従ってカバンから問題集とノートを取り出し、勉強を始めようとし顔を上げたら、知らないというには知りすぎている彼女と目が合ったような気がした。

その彼女とは、僕の高校生活を語るにとって、かけがえのない存在でありながら、数少ない思い出したくもない人間でもある。彼女とはいわゆる恋人関係だった。彼女の何気ないしぐさや笑顔が好きだったのはもちろん僕は彼女の青いユリのような根には力づよい球根を持ちながら清廉に咲く、そんな内面が好きだった。

 だが今はもはや憎悪ともいえるような暗い感情しか彼女には持ち合わせていない。

思い出したくもない過去を振り返るのはやめて、僕は感情をぶつけるようにノートにシャーペンをこすり合わせた。


 冬の寒さが厳しくなり、体の輪郭を覆い隠すような上着を着るようになったころ、僕は今年受ける志望校を担任のようで、僕らを客のように扱い、決して必要以上に深くかかわる問題に、そして心に触れてこない予備校の教師と面談していた。そして長く、嘘ではないけれど大人らしい狡猾さにまみれた長い時間が終わり、荷物をまとめて帰ろうとすると彼は私を呼び止めた。

予備校の教師『そういえば言い忘れていたが、新藤君、君の第一志望の受験科目には面接が含まれているだろう。

今度の土曜日にその大学の志望者に向けた面接演習の講義があるから受けてみてはいかがかな?』

そう言って教師は一枚のプリントを僕に渡して、面倒ごとが終わったかのように颯爽と去っていった。

 僕は乗りなれた地下鉄で座りながら土曜日は予備校の授業がないため、少し遅めに家を出るのだがその特別講座は一限目からあることに気が付いた。だが受験を間近に控え、起きるのが遅いと怒鳴る母親とを天秤にかけたところ、受けることを決心した。

 その日は雪だった。まだ眠気が残りながらも家から電車に乗り、この地方でこの時期にはめったに降らない雪を見ながら、予備校に向かった。

 いつも通り誰とも話すことなく予備校につき、いつもとは異なる教室に戸惑いながらも予定の30分前には教室の前に立っていた。教師もまだ準備を始めておらず、誰もいないと思われた教室の扉を開くとその彼女がいた。


柄にもなく、声さえ上げなかったものの驚きを隠せず、扉を開けたまま立ち止まっていると、彼女はこういった。

彼女『入らないの?新藤君』

彼女は僕との間に入った亀裂など忘れたかのように話しかけてきた。それに対して何か言葉を紡ごうかわからなかったのか、何か月も同世代の人間と話してこなかった弊害かわからないが言葉を続けることはできず、結果的に彼女の言葉を無視して、できるだけ彼女から遠い席に座った。

 だが僕はそこの席に座ってしまったことを後悔する。

その日は朝早い授業時間のせいか、受験間近になっても起きられない怠惰な人間が浪人性に多いせいかはわからなかったが、僕と彼女の二人で授業は始まってしまった。

彼女のことを意識しないように授業に集中していたが、面接への理解度を深めるために、教師が突然彼女と模擬面接を行うように言ってきた。当然拒否できるわけもなく、模擬面接の質問者用のプリントと回答者の志望理由などのワークシートが配られ、5分間模擬面接までの猶予を教師から与えられた。

その時間は永遠のようにも一瞬のようにも感じられた。

教師『それでは机を向かい合わせにして模擬面接を始めていきましょう!』

こちらの気も知らず教師は作った明るい声で言った。

彼女『ではまずお名前と出身校を教えてもらえますか?』

新藤『新藤 翔と申します。出身高校は大阪府立高校です。』

彼女『では新藤さん、あなたが学生時代頑張ったことを教えてください。』

新藤『えっと、学生時代は音楽に力を入れていました。』

彼女『具体的にどのようなことを頑張りましたか?』

新藤『私はピアノの連弾をしていました。』

思い出すたびに心が、その中の忘れていた感情があふれ出そうになる

新藤『もう一人の部員と連弾で数多くのコンクールにて入賞し、全国大会の出場権も得ました。ですが…ですが……』

目頭が熱くなり、涙が出そうになるほどの激情が体をめぐる

そしてその先の言葉が出そうになったとき

教師『面接ではこのように言葉を詰まらせてしまう人が多いですが、多少の嘘でも構わないのでなるべく

   途切れないようにしましょう』

とタイミングがいいのか悪いのかわからないが教師が止めに入った。

そうして冷静さを取り戻した僕は、その後は何事もなく模擬面接をやり終えた。

 特別講座が終わり、いつものように、いやいつもよりも逃げるように教室から出ようとしたとき、彼女に呼び止められた。

彼女『ねえ新藤君、このあと授業とかある?ないなら駅前のスタバで待ってるから来て』

それだけ言って彼女は教室を去っていった。

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