凄腕映画監督と名高い美少女が最近スランプに陥ったみたいなので助言した結果、映画が大成功して助手として働くようになった話
「ほんぎゃああああああっ!!! ほんぎゃああああっ!!」
蒸し暑い夏のある日。
セミが窓の外でミンミンと迫真の求愛行動をしている中、俺こと田中アレックス吉田は放課後の教室で自らも求愛行動を行っていた。
誰もいない教場の真ん中で床に横たわり全裸でおぎゃり倒している俺は、この地球上全ての生物へ求愛行動をしていると言っても過言ではないだろう。
あぁ、この世の全てが俺を祝福してくれているような多幸感。
お母さん、これが愛なんだね。
さぁそろそろ10セット目が終わる。
インターバルを1分挟んだらもう1セットするとしよう。
「その前にトイレトイレっと」
そう言って立ち上がり腕を横にグッグッとストレッチしながら俺が歩いていると教室の入口に立つ1人の少女と目が合った。
「あ、どうも」
「……」
気さくに挨拶をしたが返事が返ってこない。
俺はなんとなく気まずい空気を感じ、とりあえず服を着ることにした。手始めにブーメランパンツを手に取る。
「もうあなたでいいわ。ちょっと相談に乗って欲しいことがあるの」
俺が服を着ている途中、ずっと黙っていた彼女がそう言って教室の端にある席に座った。
俺は訝しげな顔で彼女を見る。
面食いの俺から見ても彼女はとても美少女だ。
男としてそんな見目麗しい少女の相談に乗るのはやぶさかではない。
だがちょっと待ってほしい。全裸の男が教室で絶叫しているのを見たのというのに何の反応もせずソイツにお悩み相談だと?
さてはこの女、頭がイカれてるんじゃないのか。
しかしまぁそうは言っても俺は美人であればイカれた女にすら優しくしてしまうナイスガイ。どんなお悩みもドンと来いってなもんだ。
「良いよぅ」
俺は自身の胸をドンと叩いた。
「私ね、こう見えて映画監督なの。まだ学生の身だけど結構有名なのよ。『高部 アリス』って知らない?」
「知らなーい」
首を横に振る俺。
教育番組によくいるクソガキのような俺の反応に彼女は気を悪くした様子もなく話を続けた。
「そう。まぁいいわ。それで最近何故か映画が全然ヒットしなくなってね。前までは撮る度に世界的な大ヒットを叩き出していたんだけど」
「ほうほう」
「それでどうやったらまたヒットを出せるようになるか、貴方の意見を聞きたいのよ」
服を着終わった俺は彼女の話をウンウンと頷きながら聞いていた。
なるほど。どうやら彼女はスランプに陥ってしまったようだ。
「……うーん難しいな。そもそも君は……えー」
唸りながら彼女に指を指す。
これはお前をなんて呼べばいいの? のポーズだ。
察した彼女が口を開いた。
「アリスでいいわ」
「うん。アリスはどんな映画を撮ってるんだい」
まずは彼女の映画のことを知らなければならない。
「まぁ色々ね。アクション、ファンタジー、恋愛モノ。本当に色々よ」
「なるほど。じゃあ1番最近撮ったのはどんな映画なの?」
「1番最近撮った映画は、そうね。童話をモチーフにした実写のファンタジー映画よ」
「ほう、実写化ってやつか。でも童話をモチーフにしたなら割と成功しそうなものでは?」
原作のある映画はよほどでなければ失敗しない。
何故なら原作通り作ればいいだけだから。
可愛いお姫様を出し、かっこいい王子様と恋愛させていい感じになったところで一悶着入れて最終的にハッピーエンド。
それだけで大体の客は満足する。
映画なんてそんなものだ。
「私もそう思っていたのよ。一体何がダメだったのかしら。主人公の女の子をトランスジェンダーの黒人男性にして、王子様との同性愛展開を入れたり可愛い妖精の見た目をスキンヘッドのムキムキマッチョに変更したのに」
「待て待て待て待てーい」
まるで当たり前かのようにイカれたことを抜かす彼女に俺は思わず待ったをかけた。
今彼女はなんて言った?
黒人? トランスジェンダー? 同性愛? ムキムキマッチョ?
「なによ、私何かおかしいことでも言った?」
「自分を狂っていると思ってない狂人が1番タチが悪いんだぞ。まず第一に主人公の女の子がトランスジェンダーの黒人男性になってるのはどうしてなんだ」
「そんなの決まってるじゃない。ポリコレに配慮するためよ」
「ポリコレだぁ?」
「そうよ。今の映画界ではね、ポリコレに配慮しないと生き残れないの。原作でどんな人種だろうと主人公は基本黒人にする。これが鉄則よ」
……一体コイツは何を言っているんだ。
なんだか頭が痛くなってきた。
俺はこめかみを揉みながら再度質問する。
「じゃあ原作にない王子様との同性愛展開を入れたのはどうしてだ?」
「それもポリコレ配慮の結果ね。いい? 今の世の中は多様性なの。異性愛、同性愛、色んな愛の形があるわけ。原作が男女の恋愛モノだからってそれにこだわる必要はないわ。だから同性愛にしたの」
「……最後、可愛い妖精がムキムキマッチョになった理由は?」
「それも俳優への配慮ね。人間ってね、どんなものにでもなれるの。役名が可愛い妖精だからってその役を演じるのに可愛い子を使わなくちゃいけない。そんな考えはもう古いわ。白人の役を黒人がやったっていいし例え筋肉モリモリマッチョマンの人だって可愛い妖精の役を演じていいのよ」
「なるほど、理解した」
そう、俺は全部理解してしまったのだ。
何故彼女の映画がヒットしないのかを。
「……へぇ、たったこれだけの会話からなにかがわかったというの? 是非教えてもらいたいわね」
「いいかアリス、答えは凄くシンプルだ」
俺は自信満々にふんぞり返るアリスにビシッと指を指した。
「"君が本当に作りたい作品を作れ"。俺からは以上だ」
そう、彼女の失敗した理由。
それは映画の中に彼女自身の作りたい物が一切なかったことだ。
主人公の人種を黒人に改変した挙句、性転換させたりしている事はこの際どうでもいい。
彼女は1番大事なことを忘れている。それを思い出させなければならない。
「いいかい? 君の失敗した原因は色んな方向への配慮ばかりして"お客さんを楽しませる"という1番肝心な事を忘れていたことだ。客は"君"の映画を見に来たんだぞ? 思想で凝り固まった映画を見に来たわけじゃない」
彼女の目が見開かれる。
「……私の……映画……」
「そうだ。もう一度、自分の胸に手を当てて考えてみろ。君が本当に作りたかった映画はなんだ?」
「……っ!! そうよ! 私、こんな映画が作りたかったんじゃない! もっと人を感動させられるような! 誰かの記憶に残り続けるような映画が作りたかったの!!」
まるで劇のワンシーンかのように情熱的に語る彼女を見て俺は口角を上げた。
「……答えは得たようだな。ならば行け、君にはやらなければいけないことがあるんじゃないか?」
「えぇ、そうね。こうしてはいられないわ」
そう言って風のように立ち去る彼女。
それを見送った後、俺は着ていた服を脱ぎ捨てた。
……これからもきっと彼女は壁にぶち当たるだろう。
何度も。
何度も。
挫けることもあるかもしれない。
だがその度に思い出してほしい。
自らの初心。そして情熱を。
「俺も彼女に負けないようにしないとな!! ほんぎゃあああああっ!! ほんぎゃあああああっ!!」
◇
それからしばらくして、俺と彼女は再び教室内で対面していた。
アリスは心なしドヤ顔で俺に報告する。
「というわけで映画が無事大ヒットしたわ」
「おめでとう」
ケツを使ってパチパチと拍手していると彼女が頬を赤くし、俺から視線を逸らした。
「……そ、それでなんだけど」
「うん?」
「良かったら私の助手として働かない? 貴方なら立派な映画監督になれるわ」
「は?」
話が上手く飲み込めない。
彼女は一体何を言っているんだ。
「ほら、善は急げよ。早速今から現場に来てちょうだい」
「待て待て待て待て。まだ服を着ていないだろうが。ちょっと待て。本当に待て」
こうして、俺と彼女の壮大な映画監督人生が幕を開けるのだった。