”終末”Ⅱ
帳っ…!帳の上質な魔力が蓄積していく。今までは帳が困らない程度に魔力を喰ベてきた。だが、今は帳の際限の無い魔力を全て貰うことが出来る。
自身の中の格が上がっていく感覚。【炎】から変質していく。私の”魔力”が…”存在”が。
『これが…成長…』
混ざっていく。最近帳の魔力が私に馴染んできたが…次は帳の魔力に上書きされる感覚。融合では無い…浸食、いや蹂躙。私の魔力が蹂躙されている。【炎】と【光輝】では格が違う。
あぁ…心地いい...。これが【光輝】。駄目…私は私。イグナリア…【光輝】は私では無い。本質を見誤るな。私の存在は上書きさせない。帳もそれを望むはずだ。
耐えて…イグナリアッ!!
『ぐぅ…ッ』
信じるんだ、自分を。帳は私に「後は任せた」と言った。ならば…私が…っ…負ける訳にはいかないんだ!!
『はぁあああああああ!!!』
新しい魔力が構築される感覚。【炎】と【光輝】が調和し合う。それは帳と私の”愛”。二人の愛の結晶。
ルナ様の言っていたのはこういう事だったんだ…。凄い…幸せな気持ち。精霊の幸せ…それがこれなんだ。
そして…二人の魔力が完全に調和し合う。本質は”赤”。しかし…その裏に潜む輝きが”赤”を一層引き立たせている。
『ふふっ…これが私…』
温かく…そして不思議と勇気が湧いてくる。勇気の本質は帳の物だろう…。【光輝】でもない…勇気。それが本来の帳の…”形”。
『待ってて帳…』
情熱、勇気、そして…愛……染着する魔力。その力の本質は”愛”。
『私の魔力【愛】…』
情熱とも、勇気とも…感情の果てに存在する”愛”。それが私の本質となった。
『今行くわ…帳っ!!!』
眠ったように動かない帳。それは悪魔が呼び起こした”悪夢”のせい。だから…その悪夢を終わらせに行く。
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産まれなければ良かった。自分をそう思ってしまう事も…人生の一ページだろう。誰にだって””後悔””はある。”愛”とは無償では無い。打算と思惑…裏付けられた価値があるからこそ…”愛”と言う便利な感情を剝き出しにする。
これは夢。自分でもわかっているだろう。幼少期の頃か。
公園で皆が遊んでいるのを横目に…一人ベンチに座る。友達が居ない事は問題では無い。信用されない事が…子供には辛い事だった。
「遊んで?…だってよーお前の母ちゃん怖いんだもん」
それが自分に対してではなく、母親に対する感情なのが…許せなかった。
そして…憎んだ。憎んで憎んで…憎んだ。もう、何も分からなくなるくらいに…憎んだ。唯一の肉親であった母親を…憎んでしまったのだ。
「またですか…小鳥遊さん、信じて欲しいなら…アナタも私を信じて下さいよ。自分だけ信じて欲しいなんて…傲慢だと思いませんか?」
母親はいつも誰かと話していた。それは保険会社なのか、教育委員会なのか…俺には分から無かった。
だが、今思えば…詐欺だったんだろうと思う。詐欺師は二言目には信用、信頼などと薄っぺらい言葉を吐く。
「だから…信頼とはそう言う物でしょ?小鳥遊さんが苦しんでいるのを知ってます。だから、こうして苦しみから解放される手伝いをしているんです」
母親はいつも俺にご飯を作ってくれた。誕生日には唐揚げだって作ってくれたんだ。自分だって仕事やらなんやらで忙しいと言うのに。
そして…小学校に入ったころだろうか。母親と大喧嘩したことがあった。俺は母親が嫌いだった。母のせいで自分には友達が出来ない、貧しい想いをしている。それが許せなかった。だから…一言、悪魔の言葉を吐いてしまった。
「母さんなんかの元で産まれなければな」
本当に…ただムカついただけで吐いた言葉。それが幼いながらどんな威力を誇っているかなんて…知らなかった。
その夜…いつも一緒に寝ていた母が泣いているのを見てしまった。だが…俺はその時に母に対してざまぁとしか思わなかった。子供特有の意固地…。それが苦しめるなんて知らずに。
そして学校では俺は再び孤独と成った。授業参観に親が来ない。行事ごとに親が来たことが無い俺を皆が不気味がった。先生も俺の母と関りたくなかったのか…干渉してくる事は無かった。
「ただいま」
何時だろうか。小学二年生の頃だったか。自分の誕生日に母が帰ってこなかった。それが…悲劇の始まりだった。
誕生日は唯一自分の大好きな食べ物を食べる事が出来る…特別な日。だからこそ…楽しみにしていた。だから…母が帰ってこない事に凄く腹を立てた。裏切られたと思った。自分を見捨ててどこかに行くと思った。
母は夜中に帰って来た。そして…俺は取り返しの付かない事をしてしまった。
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”愛”は無償では無い。自分が親に愛されていなかった。そう思うならば…それは親が悪いだろう。子供はまだ”感情”の本質を、世界を知らない。だからこそ、残忍で、優しい。
「母さんなんて…死んじゃえ!!」
涙ながらに放ったその一言。子供の倫理感が培われていないからこそ…吐ける凶器。
普通ならば…叱って終わり…。次からはそんな言葉は吐いたらダメ!で終わる事。
しかし…そうじゃなった。
母は自分に許しを請った。ひたすらに…ただひたすらに。それが子供の俺には…気持ち悪かったんだ。親が自分に対して、涙を流しながら許しを請う姿を気味が悪いと思った。
そして…拒絶した。母を…唯一の肉親であり...信頼できる人を。
その一言が…破滅へと導いた。
朝になると母は居なかった。ずっと暮らしてきた一軒家。母の親が受け継いできた一軒家だった。新しくできた家と違って…ボロボロで、狭くて、皆にお化け屋敷と揶揄われることもあった。だけど…そんな家が好きだった。
そんないつも住んでいた家に…母が居ない事が自分には初めてだった。毎日、毎日。朝ご飯を作ってくれていた。だから初めての感覚が…少し怖かった。
その静寂が不気味で…でもどこかワクワクする感覚。そんな感覚も直ぐに終わることになった。
母の靴がある。母が来ていく服も家にあった。だから母は家に居た筈だった。でも声も、音もしない。探し回った。母と会いたくて…。
そして…会う事が出来た。クローゼットの中。母が着る服が掛けられている所。
だが…母は動かなかった。ピクリとも。
「母さん…?」
それが不思議で堪らなかった。こんな所で寝る母親が不思議、動かないことが不思議。
それが死んでいると気が付くまで…時間が掛かった。
そこからの記憶は無い。次に覚えているのは自分が孤児院で育ったことだけ。
何も…覚えていない。母の声も、姿も、そして…”愛”も。




