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”背徳の教会”Ⅵ

どれほどの時が経っただろう…一時間、はたまた10分くらいか。


賑やかな雰囲気を纏う村とは裏腹に…空は赤黒く…染まっていく。


「なんだべこの空…様子がおかしくないでっさ?」


村人の一人が呟く。


「煙くらいで何ビビってんだ!」


だが…決して煙では無いことは目にも明らか。そもそも煙はあんな赤黒いのかと言う疑問も残る。


「なんか…怖い」


子供の呟き。どこか不穏な空気を纏う空は…今までの楽し気な雰囲気を破壊していく。


「そろそろなんだね」


アステマの準備が完了したって事だろう。本当に悲しい事だが…時が来てしまったみたいだ。


「リューリエ…ダリウス…アルトリス…貴方達は教会へ行って下さい」


「牧師様…どうしたんですか?なんで…なんで私達だけ…」


「そうっすよ…親父も、お袋も…まだ村の皆が!?」


「大丈夫ですよ。あれは悪いものではありませんから」


”嘘””嘘””嘘”


「お前ら牧師様の言う通りにすっべ!」


「でもよー親父!」


「早くしないと…蛇が襲ってきますよ?」


「蛇っ!?いやー!!!!早く行こうよ!!」


リューリエが飛び出して行ってしまう。


その後をついて行くように残りの二人も消えてしまう。


「間に合いそうですね」


「にしても…牧師様、あれはなんでっせ?」


未だ事態を把握していない村人が言う。そりゃそうだ。


「すみません皆さん…私と共に…朽ちて下さい」


「ど、どういう事ですか!?牧師様は何か知ってるんですか!?」


リューリエの母親が言う。


「あれは”背徳の悪魔”アステマの大魔法」


皆の顔がポカンとした表情になる。聞き覚えの無い悪魔の名前…何故村がそんな悪魔に襲われるのか分かっていない顔。


「そ、その悪魔はこの村と関係ないでっさ…どうしてこの村に…」


「私がその”悪魔”に…愛されているから…でしょう」


「そ、そんな…今まで騙してたんですか!?村の皆を!」


「そうです。この時の為…全ては”嘘”だったんです」


村人の顔に絶望の色が見え始める。始まる…この時から。


「”神ヲ…崇メロ!!!!”」


村人の一人が突然意味不明な事を叫びだす。始まった…”悪魔”に堕とされ狂気へと変貌してしまったのだ。


「”汝ハ神ノ贄”」


次々と村人が狂気へと伝染していく。それは逃れられない終わり。終末へと導く鐘の音。


此方も動くとしよう。俺と言う存在をかけた大魔法を…。


既に魔法陣は完成している。ならば…後は触媒だけ。


「触媒は…私自身だ」


「”神二仇為ス愚者二審判ヲ”」


「刻は途切れ、世界は廻る…彼の者は刻の王。この地に刻の柵から解放せし」


この村を覆う大魔法陣が夥しい光を放つ。この時も俺の存在が薄まっていくのを体で感じる。前身の魔力が…魂が…全て魔法陣へと注がれていく。


「神に見捨てられた哀れな土地に祝福を」


そして…世界から一人の男が消滅した。




「助けて…何もしてないじゃない…」


一人の女が枷で繋がれ拷問を受けている。背信者として収監され…拷問を受けている最中である。


「異教徒は断罪されるべきだ」


「異教徒…?私は神を信じ…神を愛しているのに!?」


「汝の神は神ではない。神は…我らが主神ただ一柱のみ」


「や、やめて…辞めてってば!!」


女の眼がくり抜かれる。絶叫にもならない悲鳴が木霊する。どれほどの人間をその手にかけたのか…この部屋に立ち込める匂いは想像を絶する。血…あるいは臓物。人体の至る欠片が部屋中に散乱していた。


「ギャアァァァッ!!!!」


「私は神の代行者…」


異教徒と認定されたものはこの部屋へと収監され…神の裁きを受ける。その代行者が私だ。


「ど、どお”して…っ!?罪なき人をおぞう”の!?」


「神への反逆は大罪だ」


無慈悲な呟き。それは今まで拷問してきた相手全てを絶望へと落とす言葉だった。罪なき者が…神によって殺される。これ以上に皮肉な事があるだろうか。人の心の拠り所である神が…人を殺す。いや…人に利用される。


女の身体は既にボロボロになっており、もう一時も猶予は残されていないだろう。これが異教の地の聖女だと言うのだから…神は残酷だ。


「あぁ…憎い…全てが…神も人も…全てが滅びれば…良いのに」


女の最後の呟きは神に対する懺悔でも、感謝でも何でもなく…”恨み”だけだった。


”””貴方の願い…叶えましょう”””


神の祝福か…悪魔の呟きか…最後に彼女に届いた声は余りに艶やかで淫靡な声だった。





「はぁ…この女の身体は余りに醜いわね」


眼球も無く…肌は酸かなにかでただれ…爪も剥がされている。本来は美しい人間だったかも知れないが…今は余りに醜い。


「”背徳の悪魔”の私が…なんでこんな死体に…乗り移ってしまったのかしら」


確かに…願いが聞こえたのだけど…まさかすぐ死ぬなんて思いもしなかったわ…。でも願いを聞き入れた以上果たすのが”悪魔”…。しょうがないけど…契約は結ばれた。


「この女の記憶を見るしか無さそうね…」


この女の記憶をもとに…願いを果たそうか。それでこの女の魂が私の物となる。


久しぶりの契約と思ったらこんな人間だったなんて。悪魔ながらに悲しくなるわ…。


「この女…悪魔とは対極に居た人間じゃ無い。それがどうして」


記憶に出てくるこの女は遠く離れた地の聖女として活動していたらしい。だが…人間の裏切りによりこの辺境へと飛ばされ…異教徒として殺された。なんとも悲しい人生だったみたいだ。


「神も…人間も全てを滅ぼしたい…」


あらあら…到底聖女とは思えない願いね。ここまで激しい憎悪は久しぶりよ。いいえ…私が悪魔として生まれて初めてかも知れないわ。


でも…良い願いね。久しぶりに現世に舞い降りたのだから…命一杯楽しまなくちゃね…。


私が…聖女として活動するのも…面白そうじゃない。



「世界は欺瞞と悪意に満ち溢れている」


「貴方は誰?」


「キミこそ…誰だい?その体はキミの物ではない筈だ」


こいつ…この女の知り合いか。確かに…記憶の中に出て来た人間に居た気がするわ…。最後の憎しみが大きすぎて忘れてしまっていたが。


「私はアステマ。この女の願いを叶える…”大悪魔”」


「……彼女は…ネムリアはどうしたんだ?」


「死んだわ…拷問の果てに」


「ネムリアは最後に何を願った」


「人を…神を滅ぼすとね…聖女が聞いて呆れるわね」


いいえ…あの境遇なら誰しもがそう願うだろう。なりたくも無かった聖女に勝手に祭り上げられ…そして必要が無くなったら棄てられる。


「そうか。ならば…その願いを私も手伝おう」


「貴方はこの女の何?恋人?それとも伴侶?」


「どうだろうね…今となっては関係無いだろう?」


それもそうね。ならば…利用してやろうじゃない。願いを果たす為の道具として。


そうして…悪魔と一人の男の長い旅が始まった。





「こんな記憶を見せて…何のつもりだ」


俺に何をさせたい。意図が全く見えない。この記憶が本当にあった事かどうかも疑わしいが…この部屋はさっき見た拷問されていた部屋と全く同じだな…。にしても…神の裁きって奴がこれか?なんか弱くないか…。


「クソ…どうすりゃ良いってんだよ」


アステマとか言う悪魔は…願いを叶う為に動いている。それは果たせなかったのか?果たしたなら今もこうして現世に居るのが変だ。


世界を終末へと向かわせる大魔法は行使された筈だ。だが…あの牧師が最後に謎の魔法を使ったせいなのか…未だに願いは果たされていない。


「あの記憶を見せた意図…一体なんだ?」


あの聖女に同情しろってか?いや…そんな訳無いだろう。そんな事をこのダンジョンの主が求めている訳が無い。あんな卑劣な結界を張っていた奴だ…どうせ碌でもない事だろう。


「仕方ない…発動するか曖昧だが…【エルドラドの瞳】」


魔力が体内に循環する。…しかし俺の瞳変化は現れなかった。


「無理か…最近は無茶ばかりだったからな…【光輝の欠片】でも使えば行けるか?」


だが…あくまで最終手段だ。ここは温存しておいた方が良いか?だが…全く解決の糸口も見つからないのも確か。


「あれが記憶の全部じゃねぇだろ?全部見せやがれ…”背徳の悪魔”」


””聖女の記憶、それを望むか””


ああ…全部見せやがれ。俺が…この不幸の連鎖を断ち切ってやる。


””アステマの暴走を…汝が止めると言うか””


「止める?勘違いも甚だしいな。俺はこのダンジョンを攻略しに来ただけだ」


””異界の者よ…この先は本来とは違う道となる…”悪魔”に魅せられる事なかれ””


この声の主…ダンジョンを攻略させようとしているのか…?


てっきり背徳の悪魔自身だと思っていたのだが…どうやら違うらしい。


それに…本来とは違う道だと?どういうことだ…精神次第で辿る道が違うダンジョンとでも言うのか?


””汝は記憶の継承者…悪意の連鎖を断ち切る者””


そうして視界が再び暗転する。





「断罪者ベルガドール…異教徒を誘拐し拷問した後殺害する…国から懸賞金が掛けられている犯罪者…ね」


怖いなぁ...。他国の聖女なんて肩書の私なんてこの人に見つかれば殺されるに違いない。


「はぁ…――は元気かな。こんな長旅ばかりで滅入っちゃう」


地元の村で別れた幼馴染…――君は私の思い人。それも私が聖女になったばかりに離れることになってしまったのだけど。


聖女の仕事は主に魔物の発生を抑制する浄化が主だ。回復魔法を使って治療する事もあるが…それは回復魔法が使える人が行う。私じゃなくても良いのだ。


「聖女様!!今日もありがとう!!」


この町の人は優しい…けど寂しいのよね。一人って…。


「はぁ…――を連れてこれば良かった」


今日は帰りましょう。浄化魔法は消費魔力が多くて疲れてしまうのよね。


「嬢ちゃん…いつものお礼だ。この疲労回復のポーション飲んでくれ」


「良いのですか?でしたら…お言葉に甘えて宿で飲ませて貰いますね」


疲労回復のポーションなんて物があるんだ。ここは甘えさせて貰おう。はぁ…疲れた疲れた。


「……すまねぇ…嬢ちゃん」


少女が去った後に呟かれた言葉を聞くものは誰一人…居なかった。


宿に付いて暫く時間が経った頃…。


「ふぅ…変な味ですけど…疲労回復するのなら…って…あれ?」


視界が曖昧になる。焦点が合わない。駄目......このままじゃ倒れ………る。





「へぇ…貴方――って名前なの?」


「ネムリアの記憶を覗いたね?」


決して良い記憶では無かったが…この男がネムリアから慕われていた事は解った。私の中にあった複雑な感情の正体が分かったわ...。ネムリアの感情が少しだけ…私と融合している。


「あら…この子の身体を元に修復したのは私よ?その権利位あるでしょ?」


「……どうだろうね。私はネムリアではない。それを決めるのは彼女だけなのだから」


ふふっ…この子の記憶にある会話と似たような事を言っているわ…。変わって無いのね。


「””貴方は今日から名乗る事を許さないわ…名前を忘れなさい””」


「何...?どういうつもりだ」


貴方は私だけの…私とこの子だけの物よ。誰にも渡しはしないわ。


「ぐっ…お前…何をした…っ!?」


「私の力よ。貴方は今日から名前を名乗ることを許さない」


「何故だ!?……この名前は…ネムリアから貰った…もの」


だからこそよ。他の誰にも貴方の名前を呼ばせないんだから♡


「どう?この体は…この子をさらに大人にすることだって出来るのよ?」


肢体を淫靡に動かし迫る。


「やめろっ!ネムリアは…そんな事しない…」


「あら…初なのね。でもそれがそそられるわぁ…」


ネムリアがこの年まで生娘だったのは…貴方に甲斐性が無かったからなのね。可哀そうな子。


もっといい男だって居ただろうに。


「私はもう寝る。明日に備えるのだろ」


あら…連れないわね。ここは少し私の力でその気にさせちゃおうかしら…。


……それは違うわね。力を使わずにその気にさせるのが楽しいんじゃない。


ふふっ…楽しくなってきちゃった。



「思い出せない…名前がっ!?」


あら…今さらなのね。


「昨日言ったじゃない…貴方の名前はこの子と…私だけのモノだって」


「何故だ!?何故…こんなことしたっ!?」


大切な名前…だからこそ貴方から奪ったのよ♡あぁ…愛おしい。


「あの名前は…ネムリアが…くれたんだ…返してくれっ!!」


貴方の必死な顔も愛おしいわ…。もっと…もっと!!絶望して頂戴。


「”俺”から名前を奪うなァアアア!!!」


「ダメよ…貴方の名前も…何もかもを私達だけで一人占めするの♡」


絶望した顔。名前は世界に自分を刻むための唯一の道具。名前を奪われる事…即ち、世界から忘れられる事に他ならない。


でも…世界が忘れても…私達だけは覚えていられる。それが…堪らなく…幸せ。


「ふざけるなっ!!お前が…お前がっ!!!」


首を掴まれベッドに押し倒される。本気で殺そうとしている眼。


「”やめて…――!!”」


ネムリアの声で、容姿で、名を呼ぶ。


「っ!?ネ、ネムリア…許してくれ…そんなつもりじゃなかったんだ」


「あら…残念。そのまま私の事を襲ってくれても良かったのに」


「名前だけが聞き取れない…あぁ…名前が思い出せない…ごめん…ごめん...ネムリア…」


「あはっ!最高の気持ち…」


愛が溢れて…絶頂しそうっ!!もっと…もっとその表情を見せて!!



あらゆる土地を二人で回った。悠久の時を二人で過ごした…。ネムリアの声、ネムリアの姿…。ただ、中身だけがネムリアではない。


「この子を殺した奴の表情は凄く良かったわぁ…もっと殺したいくらいよ」


悪魔…。ネムリアがこんなことを言うはずもない。だが…この悪魔のいう事に俺は逆らえない。それは悪魔に何か魔法をかけられている訳では無い…自分の意思がそうさせている。


姿形が同じでも…中身だけが違う。ネムリアじゃ無いのは解っている。だが…ネムリアを失いたく無いと言う気持ちが…俺を動かしている。ただ…ただそれだけ。


「次の村で…終末を起こしましょう。そして…神を殺し…人類は滅びる」


ネムリアは神と…人類の死を願った。ネムリアを殺した人間が憎い。都合の良い様に扱い…最後に裏切る。そして…殺した。


「そうだね。私も長くない…次が最後だね」


アステマの力で老化していないが…確実に人の生きる時を超えている。魂の限界が近いのだ。


「貴方は今から牧師よ。この村の救世主となるの…分かった?」


「ああ…私は牧師だね」


世界で人間を殺しまわった私が牧師なんて皮肉な話だね。それも…今回で終わりさ。この村には申し訳ないが…終末の贄となってもらう。

本当は拷問シーンも旅の話ももっと書きたいんだ...。でもあくまでダンジョン攻略がメインですからねぇ...。


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