第八話
昼下がり、王城の地下。入り口の扉には、外と内に騎士が常駐し、厳重な警備がなされている。
「やぁ、先ほどぶりだね、ラトソル男爵殿」
「王太子殿下!」
男爵が動いた瞬間、ガシャンと金属同士がぶつかる音がする。
「何かの間違いなのです!殿下!!」
「何がだ?」
「ですから、このように捕らえられるようなことはしておりません!」
「はっ、白々しい。じきに物的証拠も上がってくる」
すでに、ラトソル男爵家とその商会へ騎士団が調査に出ている。領地の経営記録や取引帳簿、屋敷に出入りした人間の名簿などを押収し、賊とどのような関係なのか、どこまで事件に関わっているのか、後ろにまだ糸をひいている人物がいるのかまで調べる。
さすがに、男爵も頭が悪いわけではないだろうから『精霊殺し』が出てくることはないと思うが、男爵を裁くことができるだけのものは出てくるだろう。
日光が入るような窓すらない、真っ暗な地下牢。
手錠をかけられ、鉄格子の奥で必死に冤罪を訴えている男爵。手に待っているランプ以外に灯りがないので、ぼんやりとしかその顔を確認することはできないが、涙まで流しているようだ。
「いずれにせよ、男爵が有罪かどうかはしばらくすれば分かることだ。現段階で、王太子妃殺害未遂事件の最有力犯人候補であることは間違いない」
「……」
男爵は地面に座り込んで項垂れた。先ほどまでのとってつけたような恭しい態度は見る影もない。
「明日から取り調べを行う。心しておくように」
「…はい」
そして、少し離れたところにあるブラッドの牢。
「…王太子」
こちらを見上げ、そうボソリと呟いたブラッドの瞳には人間らしい光は灯っていなかった。
「あの女は、死んだか?」
「いいや、元気にしているさ。もう少しすればいつもの生活に戻るだろうな」
「はっ、そうか。やはり妃をかばうだけの女、只者ではないな」
ブラッドはクククッと笑って、そのうちアハハハハハハと狂った。
「バケモノだ!やはりな!教祖様の言うとおりだぁぁ!!」
「教祖様?」
取り調べの報告には上がっていない存在だ。男爵とは別者か?
「私に力を与えてくださった、素晴らしい、この力を!」
天に両手を掲げ、再び狂った。
「フフフフフ、アハハハハハハハハハ!!」
まともな会話になりそうにない。教祖という言葉が聞けただけ、収穫があったと思おう。
調査難航の気配を背に感じながら、暗い地下牢を後にした。
「男爵が関わっていることは確かだけれど、男爵だけではないかもしれない」
「あぁ、教祖とやらが手引きしている可能性が高いな」
「男爵と教祖が同一人物なのか、それとも別にいるのか、そこから調査しないといけないね」
「一筋縄では行かなさそうだ」
ノーランによる男爵への質問中、途中までは騎士団の先行調査と齟齬はなかった。
しかし、ただ一点、男爵は答えを誤った。
最後の質問で気を抜いたのか、ごく一部の関係者と、賊側の人間しか知らない内容を口にしてしまっていたのだ。
「その『精霊殺し』が王太子妃殺害未遂事件で使われた毒物なのですか?」と。
先の事件の凶器に毒物が塗布されていたことは、一般には公表されていない。そして、こちらは『精霊殺し』が毒物であると一言も言っていない。ところが『精霊殺し』という名前に心当たりがないと言った男爵は毒物であることを前提に話を進めようとした。
これだけでも、事件に関わっていることは明白である。
その後、質問を終えて男爵が出ていくタイミングで扉の外に控えていた侍従とアイコンタクトをとり、そのまま専用の部屋という名の地下牢へと案内させた。賊と男爵の取り調べが終わるまでの間、ゆっくりと王城で過ごすことになるだろう。
「報告が上がってきたらまた共有するよ」
「あぁ、よろしく。そろそろリアのところに戻る。何かあったら呼んでくれたら良いから」
「分かった。また明日ね」
ノーランの執務室から、リアの客室まではそう遠くない。
護衛に声をかけ、中にいる侍女に伝えてもらう。
「アーヴァイン様がお見えです」
「お通ししてください」
「どうぞ」
リアの部屋には、扉の前に護衛が、中には侍女が仕えている。彼らは元々エライユ公爵邸でリアについていた者たちで、今は部屋についてその職務を果たしている。
ステラを狙った賊は1年ほど騎士として国に仕えていた。王太子の結婚式ということで、普段は近衛ではない人間が近くにいたというイレギュラーがあったとはいえ、リアの近くに信用のならない護衛や侍女を置きたくないエライユ公爵夫妻の気持ちはよく分かる。
「リアの状況は変わりない?」
「はい、変わらず眠っておられます」
「そう。少し2人にしてもらえる?」
「かしこまりました。御用の際はそちらのベルでお知らせください」
一礼して部屋を後にする侍女たちを見送り、ベッドサイドチェアに腰を下ろす。
「ただいま。今日は少しだけ嬉しい報告があるんだ」
「前に話したラトソル男爵が捕まったんだ。明日から取り調べが始まるから、事件の全貌も少しずつ分かっていくと思うよ」
「あとね、ステラがルピナスとの交渉に成功したんだ。これで毒物の入手ルートがわかるかもしれない。順調に進んだのはリアのおかげだってステラが言ってたよ。さすがリアだね」
最近の僕は、リアに積極的に話しかけるようにしている。医療師から「意識がない状態でも、周囲の音や声が聞こえているという話を聞いたことがあります」と聞いたからだ。たとえ、聞こえていなかったとしても、返事がなかったとしても、微笑みかけてくれているような気がしているし、僕自身の思考も話すことで整理されている。
「リア、もしも聞こえていたら、お願いしたいことがあるんだ」
「フィアに『ルリでもリトフでもピシュル様でも良いから連絡をしてきて欲しい』って伝えてくれない?」
「すぐにリアが目覚めるのが難しいのは分かっているから、せめてどんな状況なのか話を聞きたいんだ。よろしくね」
当然、返事はない。それでも。
『分かったわ』
そう言ってくれたような気がした。