第六十二話
目の前の扉が開けば、私たちの結婚式がついに始まる。ふわふわとした心をなんとか押さえつけながら、隣のジェフを見やる。
「どうかした?」
「ううん。なんだか落ち着かなくって」
なるほどね、と笑ったジェフは周囲の人間がこちらを見ていないことを確認してから私に祝福を贈った。
「これで大丈夫。全部上手くいくよ」
「そうね。ジェフがいれば私は大丈夫だわ」
エライユ公爵令嬢として、ジェフの妻として、ノーランたちの補佐役として。色々な重責を勝手に感じて、失敗できないと自分に負荷をかけていた。でも、私の隣にはジェフがいるから。彼がいれば私はなんだってこなせるから。
だから大丈夫。
大きく深呼吸をして、ジェフに微笑み返してみせた。
ゴーンと低い鐘の音が響いて、大きな聖堂への扉が開かれた。聖堂の中は眩い光に満ちていて、天が私たちを祝福してくれているかのよう。
ジェフのエスコートのもと、一歩一歩式段まで進んでいく。途中、両家の家族たちやノーランとステラ、ティルス様たちの姿を見つけた。
ゆっくりと礼をして聖職者に向き直る。これから長い長い祝いの言葉が贈られるのだ。ノーランとステラの結婚式の際にも同じ言葉を聞いたが、やはり長いしきちんと意味を理解できている人もそう多くないだろう。
そして、いよいよ私たち2人の誓いが始まる。
「ジェフリー・アーヴァインは、フェリシア・エライユを守り慈しみ、一生を共にすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
聖職者の言葉に、ジェフははっきりと誓った。一切の迷いがない堂々とした口ぶりで。
「フェリシア・エライユは、ジェフリー・アーヴァインを支え慈しみ、一生を共にすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
そしてまた、私も同じように誓った。どれほどの時間となるのか想像もできない「一生」を共にするという誓いを。
揃って参列者の方へ振り返った私たちは、割れんばかりの拍手を受けて見つめ合い笑った。すると、あの時と同じように、聖堂内に光の粒が降り注いだ。紛れもない精霊の祝福である。
会場の左上部にピシュル様をはじめとする加護精霊たちが揃っていた。わざわざ人間界に来てまで祝福を贈ってくれた精霊たちに、ありがとうと感謝を伝えた。
「王太子殿下の時と同じ光だ!」
「さすが公爵家のおふたり!」
参列者は皆、降ってくる光に夢中になった。王族と公爵家の人間以外にとっては珍しい光景なので無理もない。
ジェフと顔を合わせた私は少しイタズラ気に笑って、こっそりと祝福を贈った。私たちの新しい門出を祝ってくれる皆に、少しの間だけでも良いことが起こりますように、と。
無事に式は終わり、控室へと戻ってきた。と言っても、これで終わりではない。すぐに着替えて、次はパーティーの時間。
パーティー用のドレスはジェフが一式用意してくれた。彼が選ぶドレスはどれも素敵で、いつも令嬢たちに褒めて貰える。
今回のドレスは紫苑色のAラインドレス。ジェフの瞳の色と同じ、綺麗な紫苑色だ。
「愛されてますねぇ…」
「こんなに見事に染まったドレスは見たことがありません。紫苑色は染めるのが難しいですのに」
「他の男性を近づけまいという意思がひしひしと伝わってきますわ」
もう皆の前で結婚式を挙げたのだから、他の男性が私にアプローチをすることなどないのに。心なしか顔に熱が集まってしまったので、心を落ち着かせようと必死に努力した。
「相思相愛で微笑ましい限りですわ」
「えぇ、本当に」
私のその努力は、侍女たちの言葉によって一瞬で消し飛んでしまった。
「本日は誠におめでとうございます」
「ありがとうございます」
こんなやりとりを何十回と繰り返してようやく、全員との挨拶が終了した。私たちのために時間を作って集まってくださった方々なので、ひとりひとりと丁寧に挨拶をしていたら随分と時間が経っていた。
「お疲れ様、リア。疲れていない?」
「えぇ、大丈夫よ。でもさすがに、少し休憩はしたいわね」
給仕係から飲み物を受け取って、会場前方の席に腰を下ろした。数時間ヒールで立ちっぱなしだったので、足が悲鳴を上げている。大丈夫だと分かっていてもなお、周囲に警戒を続けているのも疲れている原因なのだろう…
「新婚さん、お邪魔しても良いかしら?」
「ステラ!」
私たちの円卓にやってきたのはノーランとステラ。2人とも共布の正装で、誰がどこから見てもおしどり夫婦だ。
「まずは結婚おめでとう。長い道のりだったけれど、無事に済んで良かったよ」
「本当にそうね。2人の幸せそうな姿をこの目で見ることができて私も幸せな気持ちになったわ」
ノーランとステラの結婚式から4年と少し。私は3年、ジェフは1年精霊界にいたので体感としては4年もないのだが、やはり長かったことには変わりない。
「リアのウェディングドレス姿、本当に綺麗だったわ! 間違いなく、この世で1番綺麗な花嫁だったわね」
「褒めすぎよ、ステラ」
私が否定したことが気に入らないのか、ステラはジェフを相手に変えた。
「あら、ジェフだってそう思うでしょう?」
「もちろん。そもそもリアはいつも世界で1番綺麗だ」
ジェフがあまりにもさらっと言い切ったので、私の頬はみるみる赤く染まった。
「もうっ! そんなことを人前で言わないで…」
「人前でなければ良いということだね。分かったよ」
明らかに私を揶揄っている表情で言うジェフをジロリと睨んでみるが効果はなさそうだ。微笑んで躱されてしまった。
「まぁまぁ。ジェフはあまりリアを照れさせないの。まだジェフの重さについていけるほどリアも慣れていないからね。リアもジェフの言葉を素直に受け取ってあげてよ」
「…ノーランがそう言うなら分かったわ」
私とて、そう言った言葉を贈られることが嫌なわけではない。むしろこうして言葉にしてくれることをありがたいとさえ思っている。今はまだ、人前で伝えられることに免疫がないだけで。
「これから嫌でも慣れていってもらうよ。時間はいくらでもあるから、覚悟しておいてね、リア」
これほどまでに私を愛してくれるジェフと結婚できたことに対する喜びと、これから先の慣れさせ期間への恐ろしさが共存して言葉が出なかった。