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第六話

おはよう


そう言ってくれる日は来るのだろうか。



救護室の窓から差し込む光を受けて目を覚ました。


「おはよう、リア」


その答えが返ってくることはなくて。

固く閉じた瞼が開かれることもなくて。




朝食終わりのある一室。


「おはよう、ジェフ。ちゃんと寝た?」

「あぁ、いつの間にかな」

「それならよかった。こんな状況でも少しは眠らないと体がもたないからね」


ノーランはいつも通りだった。

いや、そう振る舞っていた。


「……」


いつも明るいステラの表情はずっと暗いままだ。無理もない。自分を庇って友人が刺され、意識が戻らないのだから。それに、下手すればステラが刺されていたのだ。フィアの加護を受けているリアとは違って、即死の可能性だってあった。そんなことがあったのにも関わらず、笑顔を保てという方が無理な話だ。



「昨日の夜からピシュルに呼びかけてみてはいるんだけどね。反応すらしてくれないよ」

「ピシュル様もか。ルリも全くだ」


そもそも精霊とは非常に気まぐれな存在。その中でも、リアに加護を与えているフィアは比較的良く姿を見せる方なのだが。

僕たち人間は、自分と精神的に深く繋がっている精霊にしか呼びかけることができない。せめてフィアに取り次いでもらえないかとルリに呼びかけているのだが、何も伝わってこない。いつもなら、肯定、否定、楽しい、悲しい、くらいのふんわりとした感覚は伝わってくるのに。幸い、精神的な繋がりが切れたわけではなさそうなので、そのうち応答してくれると思うのだが。あまり悠長なことを言っていられない状況なだけあって、どうしても焦りの気持ちが出てきてしまう。


「賊は騎士団が尋問しているが、めぼしい情報は上がってこないな。どうも口が堅いようだね」

「恩義のある相手なのか、もしくは脅されているのか…」

「そうなると厄介だ。現状、手がかりは捕まえた犯人と毒物くらいだからね」


犯人が金銭で雇われた存在ならば、捕まって尋問を受けた時点で口を割るのが大抵だが、そうではないということは何かしら話さない理由があるはずだ。今のところ、後ろにいる人物として最も疑わしいのはラトソル男爵だが、到着までは調査することさえ出来ない。


「リアはフィアのところにいると考えるのが妥当だから、何とかフィアがこちらに帰してくれることに期待するしかないね。僕たちは犯人の後ろにいる人物と毒物の特定を急ごう」

「あぁ、それくらいしか出来ることがないな」


僕はノーランと、リアの今後について話した後、部屋を後にした。あんなことがあった翌日とはいえ、成婚パレードを午後に控えている2人の邪魔をしてはならない。


再びリアの病室に戻ると、そこにはエライユ公爵夫妻がいた。夫人はリアの手を握って泣き崩れ、公爵は椅子に腰掛けて項垂れている。普段のおふたりは仲の良い夫婦で、にこやかな人たちだからこそ余計に胸が痛む。


「失礼致します。エライユ公爵閣下、公爵夫人、ジェフリー・アーヴァインです」

「あぁ、ジェフリーくん…」


公爵が虚な目でこちらを見上げる。


「まずは、フェリシア嬢の状況を説明させてください」


僕は昨日から今日にかけての出来事を全て説明した。駆けつけたくても、駆けつけられなかった2人のために。



「…そうか、分かった」


公爵はそれ以上何も言わず、じっとリアと夫人を見つめた。

その時間は、僕にとってあまりに長くて、苦しくて、無力な自分に腹が立って仕方がなかった。



「先ほどはすまなかった。ずっと側についていてくれたと聞いた。ありがとう」

「いえ、肝心な時に隣にいなかった僕の、せめてもの償いですから」


リアを守ることができなかった自分を責める気持ちは消えないけれど、せめてリアのためになることをしたいという僕の勝手な思いゆえだ。


「事件解決のため、助力は厭わない。どうか、このとおりだ」

「おやめください。そんなことをして頂かなくても、僕は全てを費やしてフェリシア嬢のために行動します。僕にとっても、彼女は大切な人ですから」


公爵は深々と下げた頭を上げ、ありがとう、と苦しげに笑った。


「医療師の判断を仰ぐことになりますが、フェリシア嬢に王城で過ごしてもらうことは出来ますか?」

「…構わないが、どうしてだ?」

「凶器に塗布されていた毒物がどのようなものなのかまだはっきりとは分かっていませんし、傷が深いので無理に移動することは避けたいのです」


王城からエライユ公爵邸までは馬車ですぐの距離だが、傷が深いリアを揺れる馬車に乗せていくのはリスクが高い。王城には国内最高峰の腕を持つ医療師が常駐しているので、急変してもすぐに対応ができる。また、王城は大精霊ピシュル様の加護に包まれているため、エライユ公爵邸よりもリアの状態は安定するだろう。

全ては、リアにとって最善の選択を。


「そうか、それならリアのことはジェフリーくんに頼む」

「ありがとうございます」

「ただ…」


公爵様は少しの間思案し、再び口を開いた。


「数人こちらから護衛を送っても構わないだろうか。疑うわけではないが、騎士団の中に賊がいたというのだから心配でな」

「ご心配はごもっともです。私が話を通しておきますので、護衛の他に侍女など、公爵様の采配で置いていただいて構いません」


エライユ公爵夫妻を見送った後、医療師と相談し、明日、リアは病室から客室へと移ることとなった。

これ以上、リアの病状は悪化することも、快方へ向かうこともないだろうと判断されたためだ。リアの病室は、救護室から近く、医療師の目が届きやすい場所にあるが、無機質な部屋よりも、客室の方が静かで落ち着くであろうとも言われた。


この客室は、1年前、ノーランとステラの補佐を務めると決まった日に陛下より貸し与えられたもので、業務で夜遅くなった日などに使っていた場所。2人の結婚式が終わったら返される予定だったが、悔しくも延長されてしまった。調査のため王城にいることが確定した僕の部屋まで。



その日からというもの、僕はほとんどアーヴァイン公爵邸には帰らず、王城の部屋からノーランの執務室に通うのが習慣になった。僕がなるべくリアの近くにいたい、と思っていることを汲んでくれたのか、利用されたのか、おかげで他の案件も抱え、毎日深夜までこき使われている。


リアの状況はというと、あの日から大きく変化はしていない。毎日医療師の診察を受けているが、良い知らせが届いたためしはない。悪化しないだけましだと思うべきか。

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