第五十七話
私たち、主に私とステラの興奮はそう簡単には落ち着かなかったが、ピシュル様を長くお待たせするわけにもいかないので一旦話に区切りをつけて隣へと移った。
「お待たせいたしました」
「いいえ、構いませんよ。人間にとって新たな子どもが生まれるというのはとてもめでたいことであると認識していますから」
ピシュル様の勧めのままに席に着くと、すぐに本題が始まる。
「両人ともディレンスの力を受け取ったことには間違い無いですね。問題なく他の2つの力とも共存しています。そこで私が話さなければならないのは主に3つ。力の量と使い方、2人の身分、そして今後についてです」
「まず初めに力の量についてですが、自分で確認はしましたか?」
「はい、対人ではありませんが加護を与えられるようになっていました」
よろしい、と頷いたピシュル様は続ける。
「今の私から見ても、加護は問題なく与えられると思います。対人であってもです。そして力の使い方ですが、これは徐々に慣れていくことしかできません。2人で訓練をして、段階を踏みながら使える精霊術を増やしていくと良いでしょう」
私たちが半精霊となってから会得した精霊術はそう多く無い。祝福の他に、と言われると、私の場合は護身系と治療系くらいだ。ジェフは身体強化系を熱心に訓練していた。
なぜ精霊術を多く会得できないのか、それは力の量と質に関わる。精霊術は緻密なコントロールによって成り立つもので、強力な精霊術を扱おうと思えば、膨大な量と高い質の力が必要とされる。それを半分人間である私たちが容易に会得できるはずがないのだ。
今回、ディレンスの力を受け取ったことで今までよりも会得できる術に幅が出来たことは大変喜ばしい。大切なものを守るために使える手段は多ければ多いほど良いのだから。
「ここまでの話だけであれば、ノーランたちの前でしても良かったのです。ここからは個人に関わる話になりますから、よく聞いてくださいね。それぞれルリとフィアの力、自分自身の精霊としての力、そしてディレンスの力。この3つを持った2人はもはや半精霊と呼ぶことが出来ません」
ピシュル様はここで言葉を区切った。私たちに理解をする時間を与えてくださったのだ。
「半精霊でなければ、何になるのですか?」
「精霊です」
私の頭の中を、この6音が駆け回って反響する。もはや半分人間ですら無くなったと言うのか。
「えっ、と… 私たちは精霊になったという認識で間違いありませんか?」
「はい、受け入れ難いでしょうがその通りです。事実、その体もほとんど精霊と変わらない状態まで変化しています。人間的特徴と機能を持ったまま、精霊となったと表現するのが正しいでしょうか」
頭が痛くなってきた。言語として、言葉として認識は出来ているはずなのに、理解することが出来ない。頭が理解を拒んでいる。
「私たちは人間としてこの世界に生きることが出来ないということですか?」
「いえ、それは問題ありません。2人は精霊として誕生したわけではないので、精霊界との繋がりが必要ありません。そのため、人間界で生活をしても何ら問題はないのです」
次々と疑問が生まれて、聞きたいことが溢れていく。私たちの現状、今後について。
「精霊になったと言われても、何も実感がないのです。確かに力は増えましたが、それ以外に変わったところは無いように思います」
ジェフの言う通りだ。先ほどピシュル様は体が変わったと仰ったが、今までと何も変わっていないと思う。
「それでは精霊の誕生から説明しましょうか。そもそも精霊とは、精霊界で誕生するものです。人間たちの祈りが蓄積され、それが精霊の力となると体を形成します。これが精霊というものです。つまり、精霊とは力の集合体が意思を持ったもの。2人の場合は、先に意思があって力が集合したと言えますね。順番は逆ですが、精霊の誕生と同じ軌跡を辿っているのですよ。もちろん他の精霊たちとは随分と構造が違いますが、元は人間なのでそんなものとしか言いようがありません。精霊史上初の出来事ですし」
ピシュル様から与えられる説明を理解し、納得することは半ば諦めた。これはすぐに、はいそうですか、と頷ける内容では無い。少しずつ納得していく他ないのだろう。今はただ、聞ける限りのことを聞いておくことが最善。
「それなら、私たちは今後どうなっていくのですか?」
「そうですね、おそらくは寿命という概念がなくなるでしょう。人間特有の体機能は精霊の力に置き換わっていないのでそのうち消えていくでしょうが、体自体は残りますからね。私たち精霊とほぼ同様の状態になるのではないでしょうか?」
「そうなればもう、人間として生きていくことは出来なくなりますね…」
「今のまま完全に人間に擬態して、という条件なら不可能ですね。身分や環境を変えて転々とするのであれば可能かもしれませんが」
突きつけられる現実。変わっていく人生設計。自分が人間として生きていくという改めて考え直したことのない圧倒的前提が音を立てて崩れていくのを感じた。
「もちろん、精霊として精霊界に来ることもできます。選択肢はいくつかあるので、時間をかけて決めるのが良いでしょう。また何かあれば連絡をしてください」
そう言って、混乱した私たちをおいて行かれたピシュル様。部屋にはしばしの沈黙が訪れる。
「…とりあえず、戻ろうか」
もうすでに、お昼休憩の時間を大幅に超過している。ノーランとステラはそれぞれ仕事に戻っているはずだが、補佐役として放置することは出来ない。国益を優先することが、私たち臣下のなすべきことだから。
「あら、もうお話は良かったの?」
「えぇ、ピシュル様がお帰りになったから一旦切り上げてきたわ。ジェフとはまた後でゆっくり話し合うつもりよ」
「…そう。ピシュル様が2人になさった話を聞き出すことは出来ないけれど、私たちに出来ることがあれば何でも言ってね」
「ありがとう、その時は頼りにさせてもらうわね」
ステラはいつも、私たちの意志を尊重してくれる。それはきっと、ノーランがステラにそうしているから。私たちは他の人間とは違う人生を送ることになるのだろう。それでも出来る限りはこの2人の側に居たいと願っている。友人として、臣下として。




