第五話
ジェフリー・アーヴァイン視点です。
「連れて来て良かったの?」
「うん、そうじゃないと離れ離れになっちゃうからね」
「起きないね」
「もうすぐ起きるよ、きっと」
「そうだね、もうすぐだよ、きっと」
「何をしているのですか」
「ピシュル様!」
「あのね、リアがリアと離れ離れになっちゃいそうだったから連れて来たの」
「そうでしたか、良くなったら帰してあげるのですよ」
「「はーい!」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの時、リアの側を離れなければ。
あの時、もっと早く駆けつけていれば。
リアは笑ってくれていたのだろうか。
「ふふっ、そんなに焦った顔、初めて見たわ」
「そんなこと言っている場合じゃな…い、リア!リア!?フェリシア!!」
「賊だ!すぐに捕らえろ!」
「え、あっ、リ、ア…」
「だめだ。ステラが狙われたんだから離れないで。ジェフ、そのまま救護室に!」
煌びやかなパーティーは一転、混乱を極めた。
リアを抱え、救護室へと向かう僕。
友人が自分を庇い倒れてパニックになるステラ。
そんなステラを守りつつ、周囲に指示を出すノーラン。
リアを救うために自分ができる最大限を。
「止血して!」
「せめて何の毒か分かれば…」
「先生!出血が止まりません!」
どれほど経っただろうか。
医療師たちの指示が飛び交う中、今の自分はカーテンの外でただ待っていることしかできない。
「ジェフリー様、賊は地下牢に入れられ、パーティーは途中で締め括られました。王太子殿下と王太子妃殿下もじきにこちらへ来られるそうです」
「……」
詳しいことは後々分かっていくだろう。今はただ、リアが助かるかどうかだけが知りたい。
「アーヴァイン様、処置が終了致しました」
「リアは、フェリシアは!?」
医療師がカーテンを開けて出てきた。しかし、どうも顔色はすぐれない。
「傷が深い上、刃物に毒が塗布されていたようです。大変申し上げにくいのですが、簡単に説明いたしますと、体は何とか生きている、という状態です。意識は依然戻っていませんし、出血多量でしばらくは戻る見込みもありません」
「そ、うか…」
生きていて良かった、意識は戻るのだろうか、それとももう戻らないのか。
色々な考えが頭をよぎって、混ざって。
「面会しても良いだろうか」
「はい、問題ありません。何かありましたらお声がけください」
医療師が礼をして去ったので、カーテンを開けてリアへ寄った。
「リア…」
答えが返ってくることはない。その事実が、僕の心をいかに抉ったか。
わずかな呼吸以外、生を確認することはできない。まるで眠っているかのようで、今にも起き出して微笑みかけてくれそうだというのに。
かつてこれほどまでに自分の無力さを感じたことはない。武の精霊ルリの加護を受ける僕は、今まで守りたいものを全て実力で守ってきた。自分の地位も、ノーランたち友人も。
しかし、人生で初めて大切なものを守れなかった。リアの笑顔ほど、大切にしているものなんてなかったのに。1番大切なものを守れない自分が憎くて仕方がない。
自分の力に慢心していたのではないか?
警備を怠ったのではないか?
今までの鍛錬は何だったんだ。
自分を責めてもリアが目を覚ますわけではなくて。
「…ごめん、ごめんね」
静かな病室に広がって消えていった。
「ノーランだ。入ってもいいか?」
「…あぁ」
カーテンの奥から顔を見せたのはノーランとステラ。
「リアの状況は?」
「呼吸はあるが意識は戻っていない。医療師もしばらくは戻らないだろうと」
「そうか…」
ノーランは深く息を吐いて、側の椅子に腰掛けた。
ステラはカーテンの近くから寄ってこない。
「ステラ、おいで」
「でも…」
「大丈夫だから」
「…うん」
ノーランが呼んでようやく、ベッドの側まで寄った。
「ごめんね、リア…」
そう言ってステラはリアの手を握り、静かに涙を流した。
「ステラのせいではない」
「分かってる。でも私が全く悪くないわけでもない」
「そんなことを言い出したら僕もジェフもだよ」
そうだ。狙われたのがステラだったというだけで、ステラのせいでリアが刺されたわけではない。ステラの罪悪感が消えることはないのだろうが、それは事実だ。
「絶対に、悪いのが賊であることに変わりないのだから、今は責任を問うのはやめよう」
「…分かった」
「リアはフィアの加護を受けているから、悪意には人一倍敏感だろう。だから気がつくのが早かった。その証拠に、僕たちに下がるように言っていた。下がった方向に賊がいたわけだけれど」
「それに、リアが一命を取り留めているのもフィアのおかげだと思う。癒しの力を持つ聖の精霊なのだから、何とかリアをこちらの世界に帰してくれるはずだ」
自由に精霊たちと意思疎通ができない以上、それを確認することはできないのだが。
精霊の加護を受ける者は一般人よりも体が強く、致命傷になるような傷でも生き延びることができる。
そして、聖の精霊フィアは、守りと癒しの力に長けた精霊。その加護を受けているリアは、僕たち3人が死んでしまうような傷でも一命を取り留める可能性がある。しかし、今回は毒も塗布されていたというのだから厄介だ。
「フィア、どうかリアを、私を守ってくれたリアをお救いください…」
ステラの涙はリアの手に落ちて滲んだ。
ステラを部屋に戻したノーランは、僕を執務室に呼んだ。
「失礼します」
「あぁ、楽にしてくれ」
ノーランの執務室には僕たち2人きり。テーブルセットの上には数枚の走り書き。
「現時点で分かっていることを共有しておこうと思ってね」
「助かる」
王城の騎士たちが調査したこと、リアの状況などの情報が、王太子であるノーランのところに集まっているのだ。
「まず、実行犯は1年前から騎士として従属していた男で、名前はブラッド。ラトソル男爵家の推薦を受けて入って来たことが分かっている」
「ラトソル男爵家、新興の元商人だったか?」
「あぁ、5年前に叙爵されて力をつけて来ている家門だよ。先ほど早馬を出して呼び出しをかけたから、1週間以内には王城に到着するはず」
ラトソル男爵家は莫大な財産を保有する家門で、最下位の男爵位と言っても、国内の流通を握る有力貴族である。資金繰りに関して不審な点があり、先日騎士団の捜査を受けたばかりだ。
「あとは、刃物に塗布されていた毒の種類だけど、この国ではあまり見かけないものであるということだけが判明しているんだよね。そもそもリアに普通の毒はほとんど効かないから想定していたけれど」
「そうなると、一介の騎士が自力で入手出来るのか、という話になってくるな。裏に何者かがいると考えるのが自然か」
「騎士団もその線で捜査している。明日から尋問を始めるから何か証言が得られれば良いが…」
情報共有を終えた僕は、リアが眠る救護室へ戻り一夜を明かした。