第四十七話
フェリシア・エライユ視点です。
ジェフとの婚約が公表されてからしばらく、私の生活は変化することなく続いていた。社交界にはあの夜会以来顔を出していない上、王城と公爵邸を往復する毎日を送っているので無理もない。
本来は婚約が決まり次第始められることが多い花嫁教育も、アーヴァイン家側の意見によって延期。ステラの補佐役としての仕事は続行ということで、ジェフの婚約者となった実感はあまりない。
「いいの? こんなに1番楽しい時期に私の仕事ばかり手伝って」
「いいの。ジェフも許してくれているし、何より私がやりたくてやっているんだから」
初めは、望まない結婚は許さない、と婚約に反対していたステラだったが、どうやらあの後ジェフとも話したようで、数日すると落ち着いていた。今では、何かあったらすぐに相談してね、と言ってくれている。
「リアがいなかった3年間は地獄のように忙しかったから、いてくれるととっっても助かるの」
「他の補佐役ではダメだったの?」
「うーん… もちろん、みんな優秀な人ばかりで頼りにはなったんだけど、私の得手不得手を理解して仕事に反映してくれるのはリアだけだったの。逆に、リアのありがたみを感じた3年間でもあったわ」
私がいなかった3年間、ジェフがいなかった1年間は、王城の文官がステラとノーランについていたと聞いている。本職の文官による仕事ぶりを見てもなお、私のことを評価してくれるのは素直に嬉しい。私は特別に補佐役の勉強をしたわけでもないし、ただステラたちの仕事が少しでもやりやすくなればという思いだけで請け負っているので、改めてこう言ってもらえると俄然やる気が出てくるものだ。
「ノーランによると、これから1年、また忙しくなるみたいだから気を引き締めないとね」
私は直接話を聞いたわけではないが、どうやら隣国ルピナスを訪問する計画が立っているらしい。ルピナスと言えば、私が精霊界にいる間に3人が訪れた国。私は訪問したことがないので、同行するとなれば新たに勉強し直さなければならないことがたくさんある。
「そうね、頑張らないと…」
知の精霊リトフの加護を受けているステラと比較するのも烏滸がましいが、私は天才ではない。学園での成績はそこまで悪くはなかったが、いつもトップのステラとの間に誰かがいた。努力をしても敵わないことというものは人それぞれいくつかあって、それが私にとっては勉強だった。この補佐役という仕事をするようになって、学園での勉強がそこまで人生を左右するものではなかったと思い知ったが。
今後、ノーランが国王となった暁には、当然ステラが王妃となる。私が補佐役を続けるのであれば、今までとは比べ物にならないほどの仕事量となるのだろう。天才ではない私が、天才であるステラのそばにいてついていけるだろうか、役に立てるだろうかという不安は常にある。せめて足手纏いにならないように、私なりに頑張り直さなければならない。
「フェリシア・エライユです」
「どうぞ」
「失礼致します」
ステラの執務室のすぐ隣、ノーランの執務室はいつも書類に溢れている。ノーランは幼い頃から第1王子として、次期王太子として教育を受けてきた。そんな彼でもそう簡単には捌ききれない量の書類が、毎日持ち込まれているのだ。
そんなノーランを支えているジェフが只者であるはずはない。主に武力の点で優秀と言われるアーヴァイン家出身でありながら、ノーランの補佐役としていなくては成り立たないほどの人材と言われている。
「何か用?」
「えぇ、ステラから書類を預かったから届けにきたわ」
「わざわざリアが持ってきてくれたの?」
「今ちょうど手が空いていたからね。それに、そろそろステラが集中の限界を迎えそうだから休憩を取ってもらうわ」
「分かった。それならノーランも休憩にするよ」
私とジェフはいつもこうして情報共有をしながら、ノーランとステラの効率向上に努めている。やはり1人でずっと作業をしていると集中力にも限界が出てくるし、体にも良くない。それなら休憩の時間を同じにして、2人でゆっくりと過ごせるようにした方が良いと思うのだ。
「今日はリアの好きなお店のクッキーを用意したよ」
「本当!? あのお店のものが1番美味しいと思うのよね…」
そして、ジェフも私と一緒に休憩をとってくれて、私が好むスイーツを用意してくれている。私が用意することもあるのだが、ジェフは何でも美味しいと言ってくれるので特に何が好きなのかはいまだに分かっていない。
「おふたりさんはここ使っていいから、僕はステラの方に行ってくるよ」
「ありがとう」
30分ほどすればまた再開するのが4人の中での暗黙の了解。
「紅茶は何にする?」
「そうね… ジェフのおすすめは?」
「今日はハニーレモンティーかな。季節の変わり目だからね」
「それじゃあそれで。ありがとう」
普通は、貴族令息が自ら紅茶を淹れることなどほとんどない。それは使用人の仕事であるから、彼らの仕事を奪うようなことはしないというのが貴族社会の考え方である。
しかし、ジェフはノーランや私のために淹れてくれることが多い。本人曰く、のんびりと過ごしたい空間にわざわざ使用人を呼ぶのが面倒だから何だとか。
「うん、美味しい!」
「良かった。気に入ったならリアの侍女にレシピを伝えておくよ」
こういった紅茶の種類ひとつとっても私たちを気遣ってくれるところはさすがとしか言いようがない。
「私も何かお返しできることがあったら良いのだけれど…」
「今僕と一緒に休憩してくれていることが何よりのお返しでしょう。気にしなくていいよ」
こうして私は幼い頃から、知らず知らずのうちにジェフに甘やかされてきたのかもしれない。このままではいつかダメな人間になってしまいそうで怖い。
「そうだ、ルピナスに行く話はもう聞いた?」
「えぇ、ステラから軽くだけ」
「リアは行ったことがないと思うから、半分旅行気分でいてくれて大丈夫。重要な外交活動があるわけでもないし、せっかく遠出するんだから楽しまないと」
詳しいことは決まり次第共有するね、と言ってジェフは笑った。それなら何のためにわざわざルピナスに赴くのかという私の疑問をかき消すかのように。




