第四十六話
僕とリアの婚約は、成立から1週間後に国王陛下の名で広く公表された。ただし、婚約発表パーティーは行わない。これは、社交の場に恐怖心の残るリアへの配慮が主な理由だ。貴族たちの中には何かしら苦言を呈す者が現れるかもしれないが、陛下が関わっている以上大きな声では言えないし、リアの耳には入らないように徹底する。
「僕には相談もなく婚約を決めて、悲しいなぁ…?」
「それは面白がっているな。ステラよりは先に陛下から聞いていたんだから許してくれ」
くつくつと笑ったノーランは実に楽しそうだ。僕が婚約関連で忙しくしていたこともあって、こうしてゆっくり2人で話す時間が取れていなかったからかもしれない。王太子と補佐役というよりも、友人同士の和やかな時間だ。
「ステラは聞いていないって騒いでいたけれど、僕としてはいつになったら、って思っていたからね。無事にまとまって良かったよ」
ノーランはなぜだか知らないが、以前から僕のリアへの気持ちに気がついていた。リアが目覚めた日の夜中、ゆっくり外堀を埋めていけと言われたこともあったくらいだ。意外と彼も、ステラへの愛は重い方で、彼女は気がついていないのかもしれないが、結婚に至るまでありとあらゆる根回しをしていたことを僕は知っている。
「まだまだこれからが本番だけどね。いかにして、リアをこちら側に落とすか…」
「その顔、絶対に本人の前でしたらダメだからね」
「そんなにひどいか?」
少なくとも、元から優しげな顔をしているわけではないと自認しているのだが。ノーランに言われるほどだろうか。
「完全に策士の顔つきだな。捕まったリアに同情するね」
「ノーランにだけは言われたくないな。それに、残念ながら離してやれないから諦めてもらうほかないよ」
具体的に、いつからリアのことを恋愛対象として見ていたのかは覚えていない。
物心が着いた時から長い時間を共にし、多くの困難を乗り越えてきた。その中でいつの間にかリアに恋心を抱いていったというのが正しい表現なのだろうか。
ずっと、友人という安定した関係性を崩してしまうのが怖くて、本人にこの思いを伝えていなかった。しかし、あの日自分の腕の中で意識を失っていった時から、そのことを後悔し続けていた。たとえ友人としてでさえ隣に居られなくなったとしても、本人に伝えておけば良かったと。
だから、リアが目覚めてすぐに僕は行動を開始したのだ。もう2度と同じ後悔をしないために。
そこまで考えてようやく手に入れた婚約者の座を手放すのは結婚する時だけ。リアに拒絶されても、もう解放してやれる自信はない。
「いつの日か、リアがステラに相談を持ちかけている未来が見える気がするね」
「ステラに余計なことを吹き込まないよう言い聞かせておいてくれ」
「僕の言うことを聞いてくれると思う? 一応頑張ってはみるけどさ…」
立派に王太子妃としての役割を果たしているステラだが、実はノーランでも手綱を握りきれないほどの人。そして、友人としてリアのことを溺愛している。先日、婚約だなんて聞いていない! と荒れていたのもそのせいだ。
「王太子としての威厳はどこへやらだな」
「惚れた相手にはみんなこんなものだよ。ジェフだってリアには甘いでしょうに」
「甘いと言って良いのか分からないが、基本的にリアを尊重する形でしか動かないな。第1優先事項がリアの意思というだけとも言うかな」
ノーランは一瞬目を見開いてから、ふふっと笑った。
「十分甘いよ。というか、重いね」
「全く異論はない」
僕のリアへの愛が、ノーランのことを揶揄できない程度には重いと自覚している。はるか昔に母上から、アーヴァインの男はみんな愛が重いのよ、と言われたことがあったので、先祖代々そういう家系なのかもしれない。
「リアも、あのペンを自ら作って大切に使って、ジェフからのドレスも受け取って、満更でもないと思うんだけどな」
「それは本人にしか分からないけれど、もしもそうだったらこの上なく嬉しいよ」
婚約の話をしに行った日、リアはまだ恋心かどうか分からないと言っていた。エライユ公爵家の跡取り娘として自由な恋愛をするという考えから遠い生活を送っていたのだから当然だと思う。
今僕に対して抱いている、友人愛にいつか少しの変化が生まれて、夫婦として、家族としての愛を感じてくれたらそれで良い。
「そういえば、結婚式はいつにするんだ? こちらの予定も調整しないといけないから早く教えてもらえると助かるんだが」
「まだ何も決まっていないんだ。ある程度リアの気持ちに整理がつくまでは待つつもりだけど」
通常、婚約から結婚までは1、2年開けることが多い。特に何か意味があるわけではないと思うのだが、貴族社会の通例として、それがスタンダードとして受け入れられているのだ。
そのため、僕たちも同じように時間をおくことになると思う。それが実際にどれくらいの期間になるのかは、両家の話し合い次第というところだ。
「いきなり友人から夫婦に関係性を変えるのは難しいからね。もう横槍が入ることもないんだから、ゆっくり決めたら良いよ」
「そうだな。先輩の助言をありがたく頂戴しておくよ」
半精霊となり長い寿命を得た僕たちには、まだまだ時間がある。何も急がなくても、これから多くの時間を共に過ごせるのだから、今はまだ、婚約者という関係性を楽しんでいても良いだろう。
「それまでに、問題は全部綺麗さっぱり片付けておかないとね」
「あぁ、根こそぎな」
僕たち2人は、執務机の方を見やってにっこりと口角を上げた。
リアが何も気にすることなく、幸せな結婚式を迎えるためには必要なこと。当日までに全てを終わらせる覚悟だ。




