第四十三話
夜会の翌々日、家族3人で朝食を共にしていた時。お父様が急に、話を切り出し始めた。
「リアにある人から縁談が持ちかけられているんだ」
「…!? 私にですか?」
思わず、サラダを口に運んでいたフォークが止まった。
以前からお父様のもとに多くの縁談が持ちかけられているそうだが、私に伝えられたのは初めて。つまり、お父様の基準を超えた方ということだ。
「ぜひリアをとのことでな。私は賛成しているが、相手はリアの気持ち次第だと言っているんだよ。1度会ってみないか?」
お母様はにっこりと微笑んでおられるので、これはお父様とお母様が話し合った結果なのだろう。それを私が無下にすることなどできない。
「分かりました。謹んでお受け致しますわ。ちなみに、お相手はどちら様ですか?」
「そうだなぁ、それは当日まで秘密だ」
どうして教えてもらえないのか不思議に思ったが、2人ともとても良い笑顔なのでそれ以上追求することはなかった。
「今週末、ここの応接室で会うように手配しておく。心づもりしておくように」
「縁談、ねぇ…」
私は幼い頃からノーランの友人として過ごし、今思えば婚約者候補としての役割も担っていた。そのため、ノーランとジェフ以外の殿方と必要以上に関わることもなかったし、もちろん恋愛感情を抱いたこともなかった。
そもそも、私は恋愛感情が分からない。お父様の決めた相手と結婚することが決まっていたし、それが貴族令嬢として普通のことだと分かっているから。
もちろん、お父様とお母様のことは好きだし、ノーランやステラ、ジェフのことも好きだ。でも、家族愛と友人愛以外の恋愛的な好きが生まれたことはない。もしも誰かを恋愛的に好きになっていたとしても、それを区別できていない。
だから、ノーランとステラが恋愛結婚だと聞いた時、驚いたと同時に、少し羨ましいとも思った。お互いを想い合い、人生を共にすることができるだなんて、とても幸せなことだ。恋愛感情が分からない私には、到底叶えられないから。
さらに私は、複雑な身の上になってしまった。精霊の加護を受けている公爵家の人間というだけで相手は限られてくるのに、半分精霊になっただなんて結婚の障害になる。この国が精霊信仰である以上、それは避けられない枷となる。
また、私はエライユ公爵家における唯一の直系後継者だ。つまり、将来的には私がこのエライユ当主となるということ。そのためには、私の結婚相手には婿入りしてもらい、当主夫という立場に立ってもらうことになる。
そんな私に縁談を持ちかけ、お父様が認めた相手がどんな人なのか、私には想像できない。
「せめて、家族愛を持つことができる人だったらいいな」
私が恋愛感情を抱くことができなかったとしても、せめて家族として過ごせるだけの「好き」を感じられる人が良い。ノーランとステラという相思相愛の夫婦を知ってしまった私のわがままだ。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
「…えぇ、起きているわ」
約束の日、いつもより朝早く侍女から声をかけられた。何やら、午前中の面会に向けて準備しなければならないことが山ほどあるそうだ。
「まずは軽く湯浴みをしましょう」
「そのあとはマッサージですよ」
あれよあれよという間に、私はフル装備の準備を施されていた。
「ここまでする必要あるかしら…?」
「何をおっしゃいますか! 人生に何度あるか分からないことですよ。お相手様に初めてお会いになるのですから、1番良い状態でお迎えなさるべきですわ」
支度が完成した姿は、パーティーの時ほど華やかではないもののしっかり気合の入ったもの。侍女たちの気合いの入れようが普通ではないので、なんだかこちらまで緊張してくる。
「どんな方でしょうね…」
「旦那様と奥様がお認めになった方ですから、素晴らしいお方に違いありませんわ」
「お嬢様に相応しい方となるとかなり限られてきますね」
侍女たちも相手は知らないようで、私の前で考察が止まらない。彼女たちも私とそう変わらない年齢の女性たちなので、恋愛の話題には敏感なのだろう。普段この屋敷でそのような話題が少ないことも、盛り上がりの一因か。
「お嬢様の理想はどのような男性なのですか?」
「…あまり考えたことがなかったわね。夫としての役割を果たしてくださる方、かしら」
私の夫がエライユを継ぐことがないとはいえ、エライユ一族としての認識が甘く、そのせいで家門の名に傷をつけられてはたまらない。エライユの一員であるという自覚とそれに伴う責任感を忘れずに行動できる人でなくては困るのだ。
「もう少し、乙女らしい理想はないのですか?」
「たとえば、背の高い方が良いですとか、容姿端麗な方が良いですとか…」
「そういった類の理想はないわね。能力に秀でているに越したことはないけれど」
私が相手に求めるのはあくまで、エライユの当主夫に相応しいかどうか。私と共に家門を守っていける人なら、外見は気にならないのだ。
「お嬢様、お相手様が到着されました」
「分かったわ。すぐに向かうわね」
椅子から立ち上がり、姿見の前で改めて格好を確認する。侍女たちが力を入れて準備してくれただけあって、まさに完璧。お相手がどなたであっても失礼はないはずだ。
「行ってくるわね」
「はい、お帰りをお待ちしておりますわ!」
「行ってらっしゃいませ!」
侍女たちの温かい見送りを受け、案内役の誘導に従って1階へと降りていく。
一歩一歩あゆみを進めるたびに、だんだんと緊張していくような気がする。お父様とお母様が笑顔で勧めてくださった方なのだから、そんなに恐れる必要はないはずなのだが。頭では分かっていても、そう簡単に割り切れるものでもないのだ。
「こちらのお部屋でお待ちです」
「ご苦労様。もう下がっていいわ」
案内役が下がり、完全に1人きりとなる。
扉の前で大きく息を吐き、フェリシア・エライユ公爵令嬢として振る舞う覚悟を固めた。
取っ手に手をかけてぐっと引く。
室内のソファには、紫苑色の持ち主が座っていた。




