第四十二話
「主催者として1度くらいは踊っておくべきかしら」
そう言ってステラはノーランの手を取り、会場の中央へと繰り出して行った。同時に視線も中央に集まる。
「私はどう頑張ってもステラのようにはなれないわ。あんなふうに堂々と振る舞うことなんてできないもの」
「こういうのは向き不向きの問題だからね。リアにできてステラにできないことだってたくさんあるでしょう?」
幼い頃からエライユ公爵家の後継者として厳しい教育を受けてきた。もちろん人前で相応しい振る舞いをする訓練も積んできたが、ステラの様子を見ると遠く及ばないと実感せざるを得ない。これでも、私もノーランの妃候補だったと言うのだから驚きである。
ジェフは私を認めて肯定してくれるけれど、社交界はそんなに甘いところではない。ステラと私は常に比べられて、本人のいないところで不本意な批評がされる。公爵家の人間として生まれてきた以上、ある程度は仕方のないことだと割り切ってはいるけれど、不快なものは不快なのだ。
結局、ステラとノーランは3曲を踊り切って戻ってきた。さすが王太子とその妃。疲れた様子もない。
「おかえりなさい」
「ただいま。リアは踊らないの?」
「そうね。ステラが踊ったなら私が踊らないわけにもいかないわ… アーヴァイン様、お付き合いいただけまして?」
ジェフはくすりと笑って、もちろんと手を取ってくれた。
ノーランとステラの式後パーティーで踊って以来、3年ぶりのダンスだ。特に練習もしていないし、元から得意なわけでもない。でも、相手がジェフだというだけで、絶対に支えてくれると思えるだけで、心は落ち着くし大丈夫だと信じられる。
ちょうど新たな音楽に切り替わったタイミングで私たちはダンスの輪に加わった。幸い、難しい曲ではないので難なくついていくことができる。
ジェフのリードはやはり心地良い。私を振り回すでもなく、放任するでもなく。今まで他の殿方とも何度か踊ったことがあるが、ジェフほどストレスなくダンスを楽しめたことはない。きっと、息が合うとはこういうことを言うのだろうと思わされる。
「何か考え事?」
「えっ! あぁ、ええ。ジェフと一緒に踊るダンスが1番楽しくて踊りやすいなと思ったの」
「それは光栄だね」
私たちは数曲分踊り終わった後、ダンスの輪から抜けて庭園まで出てきた。少し暑くなってしまったので、夜風にあたりたいと思ったからだ。今は誰もいないようで、会場から音楽が漏れ聞こえる以外には音がしない。
「ふうっ、涼しい…」
「お疲れさま。久しぶりの社交で疲れたでしょう?」
「常に見られているという感覚には全く慣れないわ。社交の場では気が抜けないようになってしまったし」
あの事件があってから、私は周囲の動きに敏感に反応するようになってしまった。自分が本当に信頼している人以外の動きが以前よりも気になってしまい、目につく。特に社交の場ではそれが顕著に現れるようで、先ほどから人の動きが目に入ってずっと気になっていた。
「僕も、以前より周囲に気を配るようになったからか疲れやすい気がするよ」
「しばらくはこの癖も抜けそうにないわね」
ノーランとステラの側で過ごすことが多い私たちが危機感を持っていることは大切なのだが、やはりこちら側の精神が削られていくような気がするので、本当はもっと気を抜いていたい。友人、補佐役の他に、護衛を兼ねているところもあるので、それは叶わぬ願いだろうが。
ふと見上げた夜空には、無数の星が輝いていた。手を伸ばしても決して届くわけはないけれど、なぜか今なら届く気がした。
「遠いなぁ…」
どれもが美しく輝く星たちだが、中でもいっそう比べ物にならないほど目立つ星が1つ。その星の輝きは、近くにある星の輝きをくすませている。確かに、周囲の星も力強く輝いているはずなのに。
「……」
ジェフは何も言わずに、ただ私の右手を握って寄り添ってくれた。きっと、私が何を思っているのかお見通しなのだろう。彼はそういう人だ。
「ジェフは半精霊になったこと、後悔していない?」
「もちろん。リアを助けることができたんだから、それ以上のことはないよ。確かに人間ではなくなってしまったかもしれないけれど、また僕は大切なものを守る手段を手に入れたとも言えるしね」
私は目覚めた時から、どこかジェフに申し訳ない気持ちを持ちながら生活してきた。私を助けるために自らを犠牲にしたことを後悔しているのではないだろうか。10年来の友人とはいえ、立場のあるジェフを犠牲にしてまで私が戻ってくるべきだったのか、と。
半精霊になるということは、人間ではなくなるということ。寿命は長くなるし、人間では扱うことのできない精霊術を使えるようにもなる。それは、人間界で生きる者にとって疎外感の原因になりかねない。
「リアが責任を感じる必要なんてないよ。精霊界に行ったのは僕の判断だからね。それに、僕はただリアがいない人生なんて考えられなくて、僕の持ちうるものを犠牲にしてでもリアの笑顔を取り戻したかった。もう1度笑ってくれるなら、なんだってしようと思ったんだ。それなのに後悔なんてしているわけがないでしょう。今こうして僕の隣にリアがいて、これからもずっと笑っていてくれるのなら、それ以上の幸せなんてないよ」
ジェフの言葉は私の中にすっと入ってきて、水に顔料が溶けるように馴染んでいった。
「こんなに大切に思われているのに、私ったらどうかしているわ。小さなことで気を落としているのが馬鹿みたいね」
近くに私のことを想ってくれている人がいるのに、自分を卑下しているばかりではジェフに失礼だ。自分を犠牲にして助けてくれたジェフのためにも、胸を張って生きなければならない。
「悩んだっていいんだよ。僕たちは半分人間なんだから」
「…それもそうね」
「リアが笑って過ごせるようにするのが、僕の生きる意味だから。ずっと側にいてくれるでしょう?」
「えぇ、喜んで」
きっと、見えない星を見てくれる人がいる。たとえ他の星の輝きでくすんでしまっても、そこに星がある限り。




