第四十話
「はい、今日から祝福を与える訓練を始めます。リアには絶対に習得して欲しい術のひとつだね」
「頑張ります!」
ジェフとの訓練は至って順調である。精霊の力をコントロールすることに成功し、暴走させることは滅多に起こらない域にまで達した。とりあえずは周りに危害を与えてしまう可能性が減ったので安心だ。
精霊による祝福とは、人間に精霊の属性に沿った能力を一時的に与えることのできる精霊術である。人間の命続く限り能力を与える加護とは大きく異なり、精霊側の負担も少ないんだとか。私が目覚めるまでの間、ジェフが祝福を与え続けてくれたことで、目覚めるのも早くなり、その後の回復も異常に速かったと聞いている。
「まずは、力を両方の手先に集中させて、ただ放出することから始めようか。祝福に必要な力はこれくらいだから、必要以上に集めないようにね」
実際にジェフが手本を見せながら説明してくれる。続いて私もやってみるが、安定して適量の力を手先に留めておくのが難しい。安定させることができなければ、当然祝福を与えることもできない。
「そう、今の調子で良いよ。僕に向けて放出してみて」
「えっ、大丈夫なの?」
「大丈夫。リアに僕を害する気がないならね」
「あるわけないでしょう!」
手先に集めた力をジェフの体に向けて恐る恐る放出してみたが、特に影響はなさそうだ。ただ、風が吹いたように髪が揺れただけだった。
「うん、成功だね。次は、その力を体の中心に向けて放ってみて。何か願いをのせるとより良いかも」
「分かったわ」
ジェフへのせる願いなど、ひとつしかない。
『ずっと一緒にいられますように…』
友人として、同じ補佐役として、長い人生を側で一緒に過ごせたら。そう願わずにはいられない。
「さすがに1回で成功させるのは難しいよね。現段階で完成度は3割ってところかな」
「なかなか道のりは長そうね…」
そもそも人の域を超えた力を使用しようとしているのだから、そう簡単に習得できるものでもない。精霊ですらなく、人間の体を持った存在である以上、それは覚悟していることだが。
「もう今日のところは終わりにしようか。祝福は力の消費が激しいからね」
「そうね、さすがに疲れたわ」
私たちは部屋のテーブルセットに腰掛け、最近の日常となっている訓練後のティータイムとした。
「…ということで、陛下から賜る褒賞を悩んでいるのだけれど、ジェフはどうするの?」
「そうだね。僕はまだ詳しいことは決められていないかな。僕ひとりの問題でもないんだよね」
明言は避けられたので内容は分からないが、どうやら大きな褒賞を賜る予定にしているらしい。
「褒賞と言っても何を希望すれば良いのか全く分からない上、特に望んでいるものもないのよ」
「確かに、陛下にではないと叶えて貰えない希望だなんてほとんどないし、そんなものは普段から望んでいるものでもないか」
国王陛下から褒賞を賜った過去の例を見てみると、やはり爵位や領地を賜っていることが多い。実家の爵位を継ぐことがない長子以外の人間は爵位を望み、領地の条件が良くない人間は領地を望むというのは自然な流れ。
しかし、私はそのどちらにも当てはまらないのだ。
私はエライユ公爵家における唯一の直系後継者で、競合する相手もいない。また、公爵家なだけあって領地は十分恵まれた条件で与えられている。これ以上のものを陛下に希望するとなると、国内からの反発を得るリスクの方が高くなる。
「まだ時間もあるし、もう少しゆっくり考えてみても良いと思うよ。陛下も急がないって仰っていたからね」
「そうね。悩むのは夜会が終わってからにするわ」
まだ社交界をはじめとする世間には、私が目覚めたことは知られていない。ジェフは、ここ1年ノーランの補佐役として表に出ることも、社交界に出ることもあったので、病気の療養から明けたと知れ渡っているが。
私の場合は、目覚めてから1ヶ月半の間表舞台には顔を出していない。今はまだ、ステラの補佐役といっても書類仕事ばかりだし、数日後の夜会が久しぶりの社交になる。3年間、襲撃事件の療養を公爵領で行っていることになっていたのだ。
その日、エライユ公爵邸に帰り私室に入ると、大きな箱がいくつか届けられていた。
「これは?」
「本日ブティックより届けられたドレス類でございます。1度中をご覧になられますか?」
「えぇ、そうね」
ついにジェフに贈ってもらったドレスが到着した。私はどのようなデザインなのか知らないので、ずっとこの日を楽しみにしていたのだ。
侍女が1番大きな箱を開けると、そこには息を呑むほど美しいドレスが。
胸元から裾にかけてグラデーションになっており、夕暮れの薄暗い水色から月に照らされた夜の紺色に染まっている。今まで、こういった深い色合いのものは選んでこなかったので新鮮だ。
デザインとしてはかなりシンプルと言える、エンパイアラインだ。しかし、裾の部分に星のように輝く細かい装飾が施されているので、決して地味にはなっていない。
絶妙なバランスを考えてデザインされ、丁寧な職人技で形にされたのだとすぐにわかる逸品だ。
他の箱からは、靴と頭飾り、首飾りが出てきた。どれもドレスと一体感が出るような色で揃えられている。これらを全て身につければ、復帰の場に相応しい装いとなることだろう。
「今度の夜会で着る予定にしているから、丁寧にしまっておいてちょうだい」
「かしこまりました」
ジェフから贈ってもらった大切なドレスたちなので、夜会まではドレスルームで保管する。贈ってもらった者のマナーとして、最高の状態で身につけ、お礼を言うために。




