第三十九話
「ステラ、頼まれていた書類を揃えてきたわよ」
「ありがとう。ちょうど今キリが良いところだしお茶でもしていく?」
「えぇ、いただくわ」
ステラの執務室はノーランの執務室の隣にある。私はステラの補佐をすることが多いので、頻繁にこの部屋を訪れる。どちらかというと落ち着いた雰囲気の調度品で揃えられているので、ゆったりと話をしながらお茶を楽しむ空間としても適しているのだ。
人間界に戻ってから約1ヶ月が経ち、もう以前と大きくは変わらない生活を送るようになった。変わった点と言えば、半精霊としての訓練が加わったことくらいだ。加えて、ステラやジェフが私の仕事量を調節してくれているので、以前ほど激務ではないかもしれない。
そして最近は、補佐役を務めながら1週間後に迫った夜会の準備に追われている。
「夜会の準備は順調?」
「そうね、あとはジェフが贈ってくれたドレスたちが届けば終了よ」
王都のブティックでオーダーしたものたちは、夜会に間に合うようにエライユ公爵邸に届けられる手筈となっている。もうじきに届いてもおかしくない頃ではあるのだが。
「今回はどんなデザインにしたの?」
「それが、完全にジェフが決めてくれたから届くまで分からないのよね。いつも私に似合うものを贈ってくれるから楽しみにしているのだけれど、どんなものなのか気になって仕方がないわ」
「でも、ドレスのデザインが分からないと、靴やお飾りが準備できないじゃない」
「大丈夫、今回はジェフが一式贈ってくれたの」
ステラは大きく目を見開いて、えぇっ! と大きな声を上げた。気持ちは分かるが、隣の部屋には仕事をしているノーランがいるのでもう少しボリュームを抑えるべきだ。
「何、私たちの知らない間に進展でもあったの?」
「進展? ただ私が戻って来られたことと、社交界に復帰することへのお祝いの贈り物だそうよ」
「…なるほどねぇ」
さらにステラは何か呟いたが、今度は声が小さくて聞き取れなかった。
確かに、ドレスをはじめとする一式を贈ることには特別な意味があるが、今回はそういった贈り物ではない。ただジェフが純粋に私の復帰を祝ってくれているだけだと思う。
「ステラは今回もノーランとお揃いのデザインにしたの?」
「えぇ、最近社交界でも流行ってきたしね」
ノーランとステラは、結婚してから社交界に顔を出す際にどこかがお揃いのデザインになっているものを身につけることが多いそうだ。仲の良いおしどり夫婦として貴族たちには認識されているので、若い新婚の夫婦や婚約者たちの間で2人の真似が流行っていると聞いた。
「さすがステラの影響力は絶大ね。私も本当は社交界の流行も追わないといけないのだけれど、そこまでしている余裕がないわ」
「リアはどちらかというと流行を作る側の立場でしょうに。もう何年も社交界に顔を出していなかったのだから、今回のドレスには注目が集まること間違いなしね!」
ノーランと婚約する前から社交界の華として君臨していたステラとは違って、私は必要最低限以上に社交の場に出ることはなかった。どちらかというとステラの一歩後ろに控え、たまに令嬢たちの会話に参加する程度のことしかしていなかったのだ。私が流行を作る立場であるはずがない。
「今回は私のセンスではないけれどね」
「それはそれで、ジェフが選んだということが公になれば社交界はその話題で持ちきりになるでしょうね。2人とも未婚で、侯爵家以下の令嬢令息から注目されているのだから」
ノーランとステラが結婚し、現在結婚適齢期の公爵家の人間は私とジェフの2人だけ。公爵家に取り入りたい者たちは、私たちの配偶者となるために動いている。もちろん、お父様がそんな人間たちを私の婚約者にあてがうとは思えないが、アーヴァイン家はどうだか分からない。基本的に自由な家風ゆえ、ジェフが運命の相手を見つけたとなればすぐに結婚するかも知れない。
現在の社交界を取り仕切っているステラの見解は一応心に留めておいて、深くは考えないことにした。今回の社交で大勢の人間に囲まれ噂される絵を想像しただけで気が引けたからだ。
「そういえば、褒賞の件は何か考えたの? ジェフはまだ検討中だって言っていたけれど」
実は、王太子妃であるステラを守った功績として、国王陛下より褒美を賜るという話が上がっている。内容はできる限り私たちの希望を聞いてくださるそうで、近いうちに何が良いのか伝えるようにと言われてはいるのだが。
「まだ何も決めていないの。特に欲しいものも必要なものもないのよね。ただ今と同じような生活が続けられたらそれで、私は満足だから」
「欲がないわね、知っていたけれど」
「そうね。褒賞を賜るためにステラを庇ったわけではないし、友人として当然のことをしたまでだから。この行いに対して褒賞を賜るのにも違和感があるのよ」
王太子妃、次期王妃であるステラの命を救ったとして、褒賞を与えようという話が上がるのは理解できるし、当然だと思う。しかし、私は臣下としてというよりも友人としてステラを庇ったのであって、それに対して公的に褒賞が与えられるのはなんとなく腑に落ちない。
「これに関しては政治的意味もあるから避けられないわね。特に、公の場で褒賞を与えることが国民への示しになるし…」
「やっぱり、望むものは何もないだなんて言っていないで、早く考えないといけないわね…」
もし、国王陛下がステラを守った者に対して褒賞を与えなければ、国民からの印象が良くない。やはり、英雄にはそれなりの褒美を与え、功績を認めることが大切なのかもしれない。
褒賞の授与が行われる式典はまだ日程すら決まっていない段階なので、まだ内容を悩む余裕はある。ただ、私ひとりでは選択肢すらほとんど浮かばないので、明日の訓練の際にジェフにも相談してみよう。彼なら何か良い案を出してくれるかもしれないから。




