第三十八話
「それなら1ヶ月後の夜会、一緒に行かない? ステラ主催だし、ノーランもいるから他のパーティーよりも気楽でしょう?」
「…そうね、そうしましょう」
王太子妃であるステラは、この3年間その責務を果たすべく活動してきたそうだ。公務や慈善活動はもちろん、社交界の中心となるべく積極的に茶会やパーティーを主催している。私が人間界に戻ってきてからも何度かその様子は見ているが、さすがアメトリン出身なだけあって要領よく、大きなトラブルもなく終えている。
そんな彼女が主催する夜会なら、私の社交界復帰の場として適当であろう。私とステラが親しいことは誰もが知っているし、ジェフがパートナーとして隣にいてくれるのなら余計な手出しをしてくる人間は現れない。
「そうと決まれば、予定を調整しないといけないわね。ステラにも話しておかないと…」
社交界に出るまでには、気が遠くなるほどの準備が必要とされる。もうあと1ヶ月しかないので、空いている時間を有効活用して進めなければならない。
まず1番の課題はドレスの手配だ。以前身につけていたものたちは流行遅れになっているし、サイズも合わない。新調するために、いち早くブティックに問い合わせる必要がある。
「それはリアと一緒に参加すると僕から伝えておくよ。他にも手伝えることがあったら言ってね」
「でも、今は私よりもジェフの方が忙しいでしょう?」
私の言葉にジェフは微笑んで首を横に振った。
「大したことじゃないから大丈夫。そうだ、ドレスのことだけど、次の休みに一緒に見に行かない? 嫌じゃなければ僕から贈らせて欲しいんだけど…」
「ジェフにそこまでさせるわけにはいかないわ!」
ただでさえ補佐役として忙しくしているジェフの貴重な休みに、私の買い物に付き合わせるなどもってのほか。その上、ドレスを贈ってもらうだなんて私が許せない。
「記念すべきリアの社交界復帰に対する僕からのお祝いってことなら受け取ってくれる?」
「でも… 」
「僕がただ、リアに何か贈りたいだけだから。そう深く考えずに受け取ってもらえないかな」
「そういうことなら…」
結局いつもこうして私はジェフに負けてしまう。あの手この手と角度を変えて攻めてくるジェフに勝てた試しがない。
「良かった! 急だけど、明後日なら2人とも空いているから、その日にしようか。ついでに、そのケーキが売っている店にも寄りたいな」
急遽決まった王都への外出。人間界に戻ってきてからエライユ公爵邸と王城の行き来しかしていないので、3年ぶりのまともな外出だ。体調にはなんら問題はないし、もちろん楽しみではあるのだが、私の知らない3年が過ぎた外の世界が少しだけ怖い。私以外の全員が過ごした3年間を知らないということが、漠然とした恐怖となっているのだ。特定の何かが怖いわけでもない。ただ世界から疎外されていたという事実だけが私の心に影を作っている。
約束の日。エライユ公爵邸の前に、アーヴァイン家の馬車が停められた。
「お待たせ、リア。行こうか」
「えぇ!」
ジェフの笑顔を見ていたら、外出への恐怖感などどこかへ吹き飛んでしまった。確かに私はここ3年間の人間界を知らないけれど、私には笑いかけてくれる大切な人がいる。それだけでこんなに、心は晴れる。
「本日はようこそお越しくださいました。どうぞごゆっくりご覧になってください」
「ありがとうございます」
王都のメインストリートに面したこのブティック。若い淑女令嬢に人気のあるお店で、早くから予約しておかないと店舗に入ることすらできないことで有名だ。一昨日外出が決まったのに、こうして入店できているのはどうしてだろうか。
「今回はエライユ公爵令嬢様のドレスをお仕立てさせていただくということで承っております。採寸をさせていただきますので、こちらへご移動お願いいたします」
どうやらドレスの色形、装飾等はジェフとデザイナーが話し合って決めてくれるらしい。私は口出しせず、2人にお任せして完成までの楽しみにとっておくことにした。
採寸が終わってからも随分と長い間話し合っていたようだが、ジェフの表情から察するに良いデザインが出来上がったのだろう。ますます楽しみだ。
「それでは、夜会の3日前までには出来上がった品々をお届けさせていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
結局、私の知らないうちにドレスだけではなく頭飾りから靴まで、一式仕立ててもらうことになっていた。
「ジェフ、こんなに贈ってもらって良かったの?」
「うん、リアには良いものを身につけてもらいたいからね。きっと似合うよ」
「ありがとう」
実は、ジェフにドレスを贈ってもらうのは初めてではない。特別な社交では必ずと言っていいほど、ジェフがパートナーとなってくれて、ドレスを贈ってくれた。クロサイト王国にそんなマナーはないし、決して安価なものではないのでいつも遠慮しているのだが、折れてくれたことはない。そして、毎回私の好みに沿った似合うドレスを贈ってくれるので断りづらい。
それでも、一式贈ってもらったのは初めてだ。社交の場に着ていくものを一式贈るのは、非常に親密な関係にある男女間でのみ行われること。例えば、夫婦や婚約者などだ。普通は、友人であるジェフから私に対して一式贈ることなどあり得ない。今回は祝いということで特別なのだろうか。
「お手をどうぞ、マドモワゼル」
「もう、ジェフったら!」
次に馬車が停まったのは、カフェの前。先日のティータイムでテーブル上に並べられていたスイーツたちが売られている店だ。
「さすが人気店なだけあって、女性が多いのね」
店内には見渡す限り女性、そしてそのパートナー。どうやらデートの休憩場所としても需要があるようだ。
「ミニケーキのセットが人気なようだけど、どうする?」
「ぜひそれを食べてみたいわ!」
注文から数分後、私たちのテーブルに運ばれてきたのはひと口サイズの小さなケーキたち。ざっと15種類ほどが並べられている。
「女性に人気な理由が分かる気がするわ。これなら色々な種類が少しずつ食べられて、気に入ったものは帰り際に買って帰ることもできるだなんて夢のようね」
やはり女性たちは、大きなサイズのケーキをいくつも食べることは難しい。それでも、色々な種類のケーキを食べてみたいとは思う。そんな願いが上手く叶えられている。
「またこうしてリアと外出することができて、幸せそうに笑っている姿が見られて嬉しいよ」
「私も、ジェフと一緒に来られて良かったわ」
一時は命の危険すらあった私だが、今を生きていて、大切な存在であるジェフと共に過ごせていることへの感謝はしてもしきれない。本当に、戻ってこられて、生きていて良かった。




