第三十七話
今話よりしばらくフェリシア・エライユ視点です。
私は3年の時を経て、人間界へと戻ってきた。どうやら半精霊という存在になったらしく、長い寿命と精霊の力を手に入れたようだ。と言っても、実感は特にない。
ジェフの話によると眠っている間に半精霊化が終わり、精霊術は訓練次第とのこと。彼が精霊術を使っている所を見せてもらったが、これを習得すると本格的に人間を辞めることになる気がしている。ただ、能力を持っているのなら鍛えて使える状態にしておくことは損ではないし、いつか自分の大切な人やものを守る手段になるかもしれない。だから私は、使うかどうかは別として訓練だけは行なっておくことにした。
「アーヴァイン先生、よろしくお願いします」
「先生、ってほど教えられることは多くないんだけどね。とりあえず基礎的なところから始めようか」
「はい!」
今日はその、初めての訓練日。以前と同じように補佐役の業務を担っているジェフに時間を作ってもらい、精霊術の先生をしてもらうことにしたのだ。最初はフィアに頼もうかと思っていたのだが、やはり精霊と半精霊では勝手が違うらしい。結局、ピシュル様から指南を受けた、半精霊の先輩でもあるジェフが適任だと判断した。
「まずは、精霊としての力を自覚する訓練から始めようか。今からリアに力を流すから、感覚を覚えてね」
ジェフと両手を合わせ、目を閉じて集中する。手の感覚が研ぎ澄まされて、少し緊張してしまう。
「いくよ?」
「うん」
「どう? 分かる?」
なんとなく、手のひらから体の中心にかけて温かいものが流れている感覚がある。柔らかくて、優しい、ジェフ本人のような性質を持った力だ。少しくすぐったいような、体と心がじんわりと温かくなるような。
「これがそうなのかは分からないけれど、たぶん…」
「初めのうちはそんなものだよ。僕も数回ピシュル様に流してもらうまでは分からなかったから」
「予定よりも早いけれど、次はリアから僕に力を流す訓練をしようか。手に神経を集中させて、線にするような感覚… そうそう、できてるよ」
ジェフはよく出来ました、と褒めてくれたが、初日でここまで出来るとは思っていなかったようで驚いていた。
「調節が難しいわね… 油断すると一気に流してしまいそうだわ」
「リアは僕よりも力が強いみたいだから、上手くコントロールしないと暴走させてしまうかもしれない。やっぱりしばらくはコントロールの訓練かな」
「頑張ります!!」
具体的に力の暴走がどのようなものなのかはジェフにも分からないそうだ。それでもおそらく、周りに危害を与えかねないことであるのは明白。守るための力で傷つけてしまうようなことが起こらないように、基礎的なコントロール訓練から着実に積み重ねていこう。
訓練が終わったら、残りは自由。働き詰めのジェフを心配して、ノーランが作ってくれた時間だ。
「…んっ! 美味しい!」
「それは良かった。今王都で流行している店のケーキなんだ。フィアのおかげで不調はないとはいえ、病み上がりだからね。好きなものを好きなだけ食べるといいよ」
ジェフとのティータイムも3年ぶり。以前は業務中に紅茶を淹れてくれることが多かったので、こうしてゆっくりと時間をとって過ごすのは意外と珍しいかもしれない。
テーブルセットには、宝石のようにキラキラと輝くスイーツたち。ケーキ、クッキー、チョコレートなど、とても食べきれないほど並んでいる。これらは全て、ジェフが用意してくれたものだ。紅茶も、私が好んで飲んでいたものを揃えてくれている。
「そういえば、社交界はどうしているの? ジェフはまだ婚約者も決まっていないし、全く顔を出さないわけにもいかないでしょう?」
クロサイト王国の結婚適齢は16歳から20歳。他の国と比べると少し早めだ。
ほとんどの貴族は学園を卒業するまでにある程度の候補を絞り、1から2年ほどの婚約期間を経て結婚する。両人の年齢や事情によっては、婚約してすぐに結婚する人たちもいるが、やはり外聞がよろしくないので避けられがちだ。
一方で、私たちは現在19歳。あと1年で行き遅れと言われてしまう年齢となる。
私の婚約相手はお父様に一任しているが、縁談どころか候補のお話すら聞いたことがない。幼い頃から政略結婚を覚悟してきたが、ここまで決まらないとさすがに不安を感じずにはいられない。
しかし、私の相手探しが困難を極めることは容易に想像できる。公表していないとはいえ、私は半精霊なのだ。お相手にこの事実を隠したまま婚約をすることはできないし、いずれ気付かれてしまう。半精霊という特殊な身の上でも良いと言ってくれる殿方がこの世界にどれほどいることだろうか。
「僕はほとんど出てないかな。この1年で2、3回、王妃殿下とステラ主催のもの以外は断っているからね」
「それって、いいの?」
婚約者探しにおいて、社交パーティーへの出席は初歩も初歩。特に、未婚の男女のみが集められているようなおあつらえ向きのものは逃せないと聞く。ジェフはアーヴァイン公爵家の嫡男ゆえ、未婚を貫くことはほぼ不可能。遅くないうちに相手を見つけなければならないはずだ。
「特に父上からも口出しされていないね。僕には弟も妹もいるからそこまで言われないのかも」
「さすが武のアーヴァイン家というかなんというか…」
現アーヴァイン公爵は、非常に快活でさっぱりとした性格のお方だ。元々の自由な家風も相まって、ジェフは後継者としてはかなり緩く育てられたらしい。業務で王城に長く滞在しても何も言われず、むしろ自分のやるべきだと思うことにまっすぐ打ち込みなさいと応援されているんだとか。
「そういうリアはどうするつもりなの?」
「うーん… 両親からは出なさいとも出なくていいとも言われていないわ。今は他にやりたいこととやるべきことがあるから、それが落ち着いたら考えるつもりよ」
焦りを感じていないわけではないが、今は婚約や結婚に関することに労力を割いている余裕がない。もしもお父様がお相手を見つけてきたならば話は別だが、自ら動こうという気は無いのだ。




