第三十四話
ピシュル様の話は、僕にとってあまりに突然で、衝撃的な内容だった。僕という存在自体を自分で疑ってしまって、人間ではない自分が本当に自分だと言えるのか、と考えてしまう。
それでも、精霊界に行ってリアを助けたことは微塵も後悔していない。僕が人間であることよりも、隣でリアが笑っていてくれることの方が僕にとって大切なことだから。
「話はもう良いのですか?」
『はい、話さなければならないことは全て話しましたから』
ピシュル様はステラとノーランに僕の半精霊化を伝えないつもりのようだ。クロサイト王家の中でも格別の加護を受けているノーランにさえ。共有するかどうかは、完全に僕に委ねられているということだ。
『私はまたすぐに精霊界へ戻らなくてはなりません。ですから手短に、今後のことだけお伝えしておきます』
『フェリシアは今、体と魂が馴染むのを待っている状態です。毒の影響で馴染むのには時間がかかりますが、もうあと少しだと思われます。彼女が目を覚ました暁には、再び私に連絡をください。彼女にも話しておかなければならないことがあります』
『そして、今回の事件に深く関わっているディレンスについてですが、彼の処遇については私が決定します。腐っても同じ大精霊ですから、そう簡単に罰を受け入れるとは思えませんが… フェリシアをはじめとする多くの人間を傷つけたことは必ず償わせます。少し時間をください』
ピシュル様は必要なことだけを話して、それではと精霊界へ戻っていかれた。本当は力のコントロールの仕方を教えて貰いたかったのだが、お忙しい様子だったので引き止めるわけにもいかなかった。
『ジェフリーはいつでもノーランと同じように私と会話をすることができます。また何か相談事がありましたら、声をかけてください』
どうやら、ルリ以外の精霊とも対面することなく会話することができるようになったみたいだ。これも半精霊化の結果だろうか。
「ノーラン、ステラ、もう少し時間はある?」
「あぁ、今日はもう特に予定はないからね。何か、込み入った話?」
「そうだな、これからの僕について、話しておきたいことがあるんだ」
僕は迷うことなく、ノーランとステラの2人に半精霊化のことを話すと決めた。正直、まだ僕の中で整理はついていないし、自分でも分からないことだらけだ。突然人間ではなくなりました、と言われてすぐに、はいそうですかとなる方がおかしい。それでも、家族より長い時間を共にしてきた2人には、知って置いて欲しいと思う。僕が僕でなくなっているとしても。
「遡ると精霊界から帰ってくる時の話になる。僕とリアは人間界に戻るため、ある門を潜らなければならなかった。でもその門を潜るには、何かひとつ、大切なものを置いていく必要があったんだ」
「初代国王陛下が記憶をなくされたのと同じようなことかしら」
「もしかしたらそうかもしれない。僕とリアは何を置いていけばいいのか分からなかったから、なんでも置いていくと宣言して門を潜ったんだ。それがたとえ記憶だろうと、他の何か大切なものであろうと、人間界に戻ることができるのならそれでいいってね」
今思えば、本当に危険な選択をした。もしも記憶を失っていたら、僕は初代陛下のように強く生きることはできなかっただろうから。
「結局、目覚めてからも何を置いてきたのかは分からずじまいだった。何かを失った感覚はなかったし、無事に人間界へも帰ってこられたから、気になってはいたけれど深く考えることはなかったんだ。でも、ピシュル様が教えてくださった。僕があの門に置いてきたのは『人間であること』だって」
目の前の2人は、はっと息をのんだ。誰だってそんな反応になるだろう。いきなり人間ではなくなっただなんて話をされたら、驚きと疑問が一気に押し寄せてくるのだから。
でも、2人とも何も言わず、僕に話の続きを促した。その瞳はとにかく今は、話を全て聞こうと言っているようだった。
「人間ではなくなった僕は一体何になったのか。ピシュル様のお言葉を借りるなら半精霊。人間の体に精霊の魂が宿っている状態というのが正しい説明なんだそうだ」
「…半精霊?」
「聞いたことがないな」
僕も、ピシュル様の話を聞くまでは言葉すら聞いたことがなかった。僕たちよりもはるかに長い時を生きるピシュル様さえ前例を知らないというのだから当然だが。
「精霊が扱う加護や祝福などの精霊術を使うことは難しいけれど、人間よりも長い寿命を持つそうなんだ。僕も詳しいことは分からないけれど、ピシュル様は訓練すれば精霊術も少しは使えるようになるかもしれないってさ」
「なるほどね。純粋な精霊とは違う存在だけれど、近い力を持っているということかな」
「おそらくはその理解でいいと思う。今のところ、精霊術を使えそうな力の存在は認識していないんだけどね」
ピシュル様との相談次第だが、僕は訓練を行なって精霊術を使えるようになりたいと考えている。その者の命ある限り特別な力を与える加護は難しくても、一時的に力を与える祝福なら習得できるかもしれない。そうなれば、守りたいものを自分の力で守れるようになる。もう2度と、あの時のように大切なものを失うことのないように。
「このことは、僕の耳に入った以上陛下に報告しないわけにはいかない。いいね?」
「あぁ、もとよりそのつもりだ。さすがに解剖なんかされるのは困るが、できる限り調査にも協力するよ」
「半分だけでも精霊となったジェフにそんなことできるはずがなかろうに」
ルピナス王国ほどではないが、クロサイト王国も立派な精霊信仰の国だ。大精霊ピシュル様をはじめ、知の精霊リトフ、武の精霊ルリ、聖の精霊フィアが主に崇められている。たとえ国王陛下であったとしても、精霊という絶対的な存在に反することなどできないのだ。
「冗談だよ。僕自身は、今までと異なる待遇は求めていないし、必要以上に公表するつもりはないよ」
「ジェフらしいわね」
「目立って崇められたいわけではないからね」
以前と大きく変わらない生活が送れるのなら、それ以上のことはない。




