第三十二話
僕が意識を取り戻してから約1ヶ月。毎日管理された病人食をとり、安静にしていることで体は順調に回復した。
「おはよう、ジェフ」
「あぁ、おはよう」
「1人で寂しくない?」
「何歳だと思っている!?」
ノーランは早朝から絶好調だ。
彼かステラが毎日この部屋へ朝食を持ちやってきて、少しの間話し相手になってくれる。2人とも非常に忙しいはずだが、この1ヶ月間1日たりとも来ない日はなかった。彼らなりに、大人しく過ごしている僕を気遣ってくれているのだろう。
「あのままリアと同じ部屋に居ても良かったのに」
「意識が戻ったのだからそういうわけにもいかないだろう。早く補佐に戻りたいし」
精霊界に行っていた期間も含め、もう1年半も補佐役から外れているのだ。僕の代わりがついているが、やはり僕自身の考えとしてはなるべく早く復帰したい。このブランクを埋めるための準備期間も必要なのだから。
「今日の診察で医療師が全快を認めたらね」
「分かってるよ。もう問題なく歩けるようにもなったんだ。そろそろ良いって言われるはず」
僕の体は約1年間、ほとんどベッドから動いていなかった。ある程度はピシュル様の祝福によって体の維持がされていたが、やはり動くとなると支障が出てくる。医療師によると、足腰の筋力が低下していて、歩行訓練を行わなければならないと。
それから僕は、懸命に訓練に取り組んだ。初めのうちは体を自分の力で支えられず、床に伏してしまう事も少なくなかった。けれど、最近は以前と変わらない調子で歩けるようになった。さすがに走るとなると体力的に厳しいところがあるが、それは追々訓練をして取り戻す。
「さすが、武のアーヴァイン家嫡男様ですね」
「素直に褒め言葉として受け取っておく」
ノーランは、それじゃあまたね、と部屋を出ていった。
今日の予定は診察だけ。事件に関する書類を眺めて過ごすつもりだ。
僕が精霊界に行っていた間に、人間界では捜査に大きな動きがいくつもあった。
ひとつは、ルピナス王国にて関係者の罪状が固まり、それぞれの刑が執行されたこと。これによって、関係者のほとんどが絞首刑となり、残った一部も無期限の禁固刑となった。当然、僕と対峙したあの男も聴取の後、絞首刑に処された。供述によると、あの日、男が手に持っていた扇は大精霊ディレンスの力が宿ったもので、不思議な術を使えることが出来たのも、その扇のおかげだそうだ。物に精霊の力が宿るなんて話は聞いたことがないが、ピシュル様によると精霊によって特性があるのでないとは言いきれないとの事。まだまだ精霊については分からないことだらけなのだ。そしてその扇はルピナス王家によって確かに破壊され、術が使えない状態になったらしい。
まだ教団の信者が世界各地に潜んでいるはずだが、ひとまずこれで大元は潰したと言えるだろう。
さらに、ラトソル男爵が自供を行い、事件への協力として騎士を送り込み、禁忌の毒を密輸したことを認めた。男爵邸の帳簿から密輸の証拠が見つかったこともあり、罪が決定的となった。彼の量刑はまだ行われていないが、恐らくお家とり潰しの上斬首刑、軽くなったとしても本人の死は免れないであろう。それほど、王太子妃襲撃事件に関係したこと、毒を密輸したことは重い罪なのだ。
また、実行犯であるブラッドはまともに会話を出来る状態ではなく、罪も明らかだったため、早々に斬首刑に処された。彼は最後まで教祖を呼び、時に狂ったように笑っていたらしい。自らに死がもたらされることさえ理解していなかったようで、彼をそのような人間に仕立てあげてしまった教団という存在に、心から恐れを感じる。
ルピナス王国の迅速な捜査、量刑に加え、ノーランが指揮を執ったため、1年間でここまで解決に近づいた。残すラトソル男爵の処断が決まれば、この事件は終わりを迎えるのだ。
「アーヴァイン様、精が出ますね」
「あぁ、気が付かなかった。もうそんな時間か」
集中していて、侍従による呼び掛けに気がついていなかったが、部屋に医療師がやってきた。僕は2日に1度、診察を受け、経過観察を行っている。
「お加減はいかがですか?」
「もうどこも悪いところは無いように思う。許可が下りれば普段の生活に戻り、王太子殿下の補佐役にも復帰したいのだが、どうだろうか」
ここで医療師からの許可が下りなければ、またしばらくこれまでと同じ生活を送ることになる。
「よろしいかと思いますよ。ただし、お仕事は様子を見ながら、決して無理をなさらないようにしてくださいね」
「了解した。約束しよう」
もしも無理をして体調を崩すような事があれば、怖いのは医療師ではなく、ノーランだ。彼から叱責を受け、またこの生活に逆戻りするだろう。それだけは、僕としても避けたいところだ
「それにしても、随分と回復がお速いですね。やはり愛し子様方は特別なお身体をお持ちなのでしょうか…」
「エライユ公爵家の方々はともかく、僕は常人並みだと思うが。確かに回復は速い気がするな」
癒しと守りに長けた聖の精霊フィアの加護を受けるエライユ一族はそもそも病気をすることはほとんどないし、仮にしたとしても大抵のものはすぐに治る。
しかし、武のアーヴァイン家の一員である僕には縁のない話。怪我をすれば治るまで常人なみに時間がかかるし、弟たちはごくたまに風邪をひくこともある。
今回、回復が異常に速いのにも何か理由があるのかもしれない。僕としては、補佐に早く戻ることが出来るのならあまり気にならない。
「それでは、診察はこれにて終了とさせていただきますね。訓練、お疲れ様でございました」
こうして僕は晴れて絶対安静の生活から脱出し、元通りの生活へと戻る大きな第1歩を踏み出したのだった。




