第三十一話
視界を照らす強い光が収まって、恐る恐る目を開けてみる。
そこには、知らない天井があった。そう、天井があったのだ。確実に、精霊界ではない。
同時に、リアと繋いでいたはずの左手が空気を掴んでいることに気がついた。
「リア!?」
一瞬で人間界に戻って来れた喜びが吹き飛んだ。
飛び起きて辺りを見回すと、隣のベッドで眠っているリアが見えた。僕が精霊界に行く前と変わらない様子のリアが。
なぜ? どうして?
僕は確かに、リアと一緒に人間界へと繋がる門を潜ったはずだ。それにもかかわらず、リアは依然眠ったまま。辻褄が合わない。
「リア!! うっ…!」
ベッドを降り、リアの近くへ寄ろうとした瞬間、体を頭上から押さえつけられるような感覚に襲われた。とてもではないが、そのまま立っていることなど出来はしない。体の中を何者かが這いずり回っているようで、内臓を全て取り出してしまいたいほどの苦痛。
「うっ、ううっ…!」
しばらく、その苦痛に耐えようと床に蹲っていた。
急にその圧と不快感から解放された時には、手のひらが血で染まっていた。拳を強く握り締めすぎて、自分の爪で抉ってしまったようだ。
「…リア!!」
苦痛の原因を知りたいところではあったが、僕の中でリアの安否を確かめることが勝った。とは言っても、立ち上がって行けるほどの状態ではないので、膝と両手を床についたままなんとかリアのところまで寄る。
隣のベッドに横たえられているリアの体は確かに温かかった。呼吸も以前より安定しているように感じる。しかし、魂が体に戻ってきているのかは分からない。一刻も早く、リアの状況をルリに聞いて確かめなければならない。
『ルリ、リアの状況を一刻も早く知りたい。説明してくれないか?』
『…ルリじゃなくてフィアだけどいーい?』
なぜか僕の加護者であるルリではなく、聖の精霊フィアが応答した。本来は自分の加護者以外と対面することなく会話することはできないが、この際リアの状況が分かるのなら細かいことはどうでもいい。
『構わない。リアは無事に人間界に戻ってくることができたのか?』
『うん、ちゃんと魂は体に戻ったよ』
『そうか、それなら良い。目覚めないのはどうしてだ?』
『長い間体と分離していた魂が馴染むのに時間がかかるからだよ。いずれ目を覚ますはずだから、もう少し待ってあげて』
フィアは僕の質問に的確かつ簡潔に答えてくれた。もうリアは心配をする必要がない状態まで回復していること、僕の体もボロボロの状態なのでしばらくは安静にしておくことなど。
『大体のことは分かった、ありがとう。また落ち着いたら詳しいことを聞かせて欲しい』
『はぁーい!』
今はこれ以上、意識を保ちつつ会話するだけの気力も体力もない。フィアとの会話を終えてすぐ、僕はベッドに戻れないまま意識を失った。
それから再び意識を取り戻した時には、部屋の中にノーランとステラがいた。2人とも目を覚ました僕を見て声も出ないほど驚き、ステラに至っては眼球がこぼれ落ちるのではないかと思うほど目を見開いていた。
「ジェフ!!!」
「…はぁ、ようやく起きたか問題児」
なぜかノーランの口調が荒れている。安全の保証がない旅路から無事に帰って来られたのだから、もう少し友人として優しく迎えてくれても良いのではないか?
「辛辣だな、ノーラン」
「ならざるを得ないからな。どこの愚か者が起きてすぐ動く? 1年も眠っていたのにも関わらず、いきなり動いたら倒れることくらい想像しなくても分かることだろうに!」
「…い、ちねん、いやそんなはずは…」
精霊界でリアの目覚めを待っていた時間があったとはいえ、さすがに1年も経ってはいないはずだ。せいぜい長く見ても1ヶ月が妥当なところ。
「人間界ではとっくに1年経っているわ。もうあと半年と少しすれば2年ね」
「精霊界と人間界とでは時間の流れが全く違うことくらいジェフだって知っているだろう?」
「あぁ、いや、それは分かっているんだが…そう、なのか」
本当に、人間界では一年以上経っているらしい。それならば確かに、体が不調であることは納得できる。しかし、あの時感じた苦痛と不快感は説明がつかない。体調不良というよりは、何者かの力が及んでいるような感覚だったのだ。
「とにかく、ジェフはしばらくベッドで安静にしていること! 間違っても無理しようだなんて考えないことだね」
ノーランはその後に、これは王太子命令だ、なんて言った。そこまで言われてしまうと、僕としても無理はできない。
「ノーランはベッドの下で意識を失っていたジェフを見つけて、大慌てしたのよ」
「ステラ、余計なことは言わなくていいから。どうせ、リアの安否を確かめるためにベッドから降りたけれど、体が思うように動かなかったんだろうと思ったよ」
「心配してくれてありがとう、ノーラン」
「…あ、あぁ」
意外と、この男ノーランは直接的なお礼に弱かったりするのだ。普段はそうでもないのだが、身内だけの場で自分の厚意による行動を真っ直ぐ褒められると照れる。
「そういえば、リアの状況は聞いたのか?」
「うん、ピシュル様が連絡を下さったから。またジェフが目覚めたら連絡するって仰っていたからそのうちいらっしゃるんじゃないかな」
それは僕としても好都合。ピシュル様にお聞きしたいことがたくさんあるのだ。
それからしばらく僕たちは談笑し、久々の再会を喜んだ。2人の時間が、僕の体力が許す限り。いつか、近い未来、その輪にリアが戻ってくることを心待ちにしながら。




