第二十七話
その後の話し合いの結果、決行は3日後にすることが決定した。国王陛下をはじめとする関係各所への説明、リアのご両親への挨拶、現在受け持っている案件の整理など、やらなければならないことがたくさんあるため猶予を作ったのだ。
『私は1度、精霊界に戻ります。フィアたちにも声をかけておきますね』
「分かりました。それではまた、3日後に」
それから2日間、僕は非常に忙しい時間を過ごした。それはそれは、食事や睡眠を疎かにせざるをえないほどに。
「ノーランからある程度の報告は受けている。このような役割を君1人に任せてしまって申し訳ないな」
「いえ、私自身が望んだことですので。彼女のためならなんだってできます」
国王陛下は、結婚式での事件を発端とする一連の出来事への対処・捜査を我々に一任してくださっている。当事者である我々の方が動きやすいためだ。事件は王城の騎士が起こしたことなので、きっと陛下も相当頭を悩まされたことだろう。それに、幼いころから成長を見守ってきたリアがこのような状態に置かれていることに心を痛めていないはずはない。
「無事に帰ってきた暁には、せめてもの褒賞を与えるとしよう。何か考えておくように」
「ありがとうございます」
褒賞を貰うために行くわけではないが、利用できる特権があるのならありがたく頂戴するのみ。帰ってきて、リアが目覚めたらやりたいこと、叶えたいことがたくさんあるのだから。
「まさかこのような事態になるとは思いもしなかった。本当に、ジェフリー君に危険を犯させてしまって良いのだろうか…」
「えぇ、本当に。リアを助けていただけるのはありがたいことですけれど、アーヴァイン家のご子息に何かあったら顔向けできませんわ」
エライユ公爵夫妻の心配は尤もである。
3大公爵家は、互いの立場を尊重し、それぞれの得意分野を活かしあって建国以来繁栄してきた。対立や因縁などもってのほか、王家に連なるものとして忠誠を誓い協力しあってこそだという考えが代々受け継がれているのだ。そんな中で、エライユ公爵家のためにアーヴァインの子息に何かあったということになれば、今までの信頼関係にヒビが入ることになりかねない。温厚なご夫妻にとって、そのような事態は決して望まないことだろう。
「僕の両親も賛成していることですから、ご夫妻が気に病まれることは何もありませんよ。それに、この計画自体はごく少数の関係者のみが知っていることです。基本的には、僕が精霊界に行っている間は体調不良ということで通すことになっています。信頼できる人物以外が関わることはありませんので、もしも戻ってこられないという事態になっても、病気で通す手筈です」
「そういうことなら、近いうちにご両親へご挨拶させていただきたい」
「分かりました。両親に伝えておきますね」
「それと、帰ってきたら何かお礼をさせていただきたい。我々に叶えられるものなら、なんでも叶えると誓おう」
僕が叶えたいことのためには、エライユ公爵夫妻の協力も必ず必要となる。ここで言質をとっておけることは、プラスになること間違いなしだ。
こうして、僕は着々と精霊界行きの準備を整えていった。
僕の部下のうち、特に信頼を置いている数人のみ集め、事情を説明する。これは極秘の計画であること。リアを助けるためには、僕が精霊界に行かなければならないこと。無事に帰ってこられる保証はないこと。僕が表に出ない事情を偽装する必要があることなど。
そして最後には、処理済みの書類の束を手渡した。これらは、すでに僕が請け負っていた案件を決裁したものだ。ノーランとステラの補佐役として、かなり重要な案件を任されていたこともあり、処理しておかなければ後々ノーランが大変な思いをすることになる。ただでさえ忙しい彼にこれまで負わせるのは酷である。そのため、あらかじめ数週間分を処理しておいた。
部下たちは、少々不安そうながらも、自分たちに任されたことを遂行するという強い決意の表れた表情で僕の説明を聞いていた。
そして、約束の日。
事を行う部屋は、陛下の指示で特別に用意されたもの。普通の部屋よりも広く、簡単には関係者以外の立ち入りができない作りとなっている。そこにリアが移され、その隣には僕の体を置いておくベッドが並べられた。その枕元には先日相談しながら決めた品物が置かれ、僕は楽な服装へと着替えた。これで準備は万端。あとはピシュル様の来訪を待つのみだ。
「心の準備は?」
「もうずっと前からできている。不安もない」
「強いな、ジェフは」
「リアのためだから、ここまで心を決められるんだ。きっと、他の誰かのためならもう少し躊躇するよ。僕だって聖人じゃないからね」
幼い頃からずっと、リアは僕にとって特別な存在だった。リアが笑ってくれれば僕の世界は平和になったし、ノーランとステラ以外の人間、特に男と楽しそうに話していると無性に腹が立った。僕の全てを、リアに捧げてもいいとさえ思うようになっていった。
この感情が、恋であると気がつくのに、そう長い時間はかからなかった。
しかし、それを本人伝えることはしなかった。リアはずっと、ノーランの婚約者候補だったからだ。
僕たち3人が、ノーランの友人として、将来的な側近としての道を歩き始めた時から、リアとステラのどちらかが、ノーランの婚約者となることは火を見るよりも明らかだった。
本来、側近や友人は公爵家の人間でなくても構わない。にも関わらず、同年齢の僕たちを集め、親交を深めさせたのには理由があると考えるのが当然。僕はノーランの護衛を兼ねて。リアとステラは、ピシュル様の加護が厚いノーランの後継者を加護持ちにするための配偶者として。国王陛下の意図はこんなところだろう。それに、文句を言うつもりはさらさらない。陛下の意図とは無関係に、僕たちは良き友人として幼少期から共に過ごすことができたのだから。
けれど、僕がリアへの気持ちに気がついてからは、この立場ゆえの障害を感じるようになった。第1王子であるノーランの婚約者候補に想いを伝えることなど普通は許されないからだ。リアとステラが婚約者候補であると明言されていたわけではなかったのだから、気にせずリアにアプローチをすることもできたのだろうが、結局のところ僕はこの友人という関係性を崩すのが怖くて踏み出せなかっただけ。リアが今の状態になってからは、何度も何度も踏み出さなかったことを後悔した。こんなことになるのなら、いっそのこと友人という立場を失ったとしても、想いを伝えていればよかったと。
もう絶対に、これ以上の後悔はしたくない。リアが目覚めた時、笑っておはようと言ってあげられるように、僕は最善を尽くすだけだ。




