第二十五話
「そうなると、誰が精霊界に行くのか、という話になってくるね」
「ピシュル様、適性や制限はありますか?」
『適性は、そうですね…精霊と人間、どちらにも深い関わりを持つ者が向いているのですが、この3人の中だと優劣はつけ難いです。制限は特にありませんが、人数は1人だけです。私の力で魂を分離させ、精霊界に連れていくことができる限界が、1人分ですから』
ピシュル様たち精霊は現在、リアの魂を眠らせることで力に余裕を作り、こうして人間界を訪れている。それほど、リアの魂を精霊界に繋ぎ止めて置くことが大変な労力を要するということ。さらに人間の魂を連れて行くというのだから、1人が限界だというのも理解できる。
『それと、伝え忘れていましたが、もちろんリスクもあります。1度体と魂を分離させるのですから、再び戻ってこられる絶対的な保証はありません。もしも戻ってくることができなければ、永遠に魂は精霊界に繋ぎ止められることになります』
『私が人間の魂を精霊界に連れて行くのはこれが2度目です。参考程度に、前回の時のことをお話ししましょうか』
ピシュル様はどこか遠い目をして、昔を懐かしむように言葉を紡ぎ出した。それは、クロサイト王国初代国王陛下の物語だった。
『私が大精霊になるためには、アシェルの魂が必要でした。信仰心を集め、条件を満たした私でしたが、より強大な力を持つ存在となることには、愛し子に大きな代償が課されたのです。それを知った私は、アシェルを傷つけてまで大精霊になりたいとは思わないと彼に伝えました。でも彼は聞き入れてくれませんでした。結果的に、彼は精霊界から人間界へ戻る際、代償を払っていきました』
「その代償というのは…?」
『その人にとって、あって当たり前だったものの中からひとつ、奪われるというものです。アシェルの場合は、記憶でした。彼の中にあった、全ての記憶を失って人間界へと戻っていきました。その後は、クロサイトの歴史書の通りです』
クロサイト王国建国史という、気が遠くなるほど分厚い書籍には、当然初代国王陛下のことが多く記述されている。その中に、ピシュル様が仰った内容に近しいことが書かれていた気がするが。なにぶん読んだのが昔のことなので、細部までは記憶にない。
「『世界を変えし偉大なる者、異界より帰還ののちは別人なり。人ならざるものに変貌し、力は我が国を正しく導きたまふ』 …この部分ですかね。初代国王陛下は精霊界からお戻りになった後、別人のように変わっていた。人智を超えた統治能力を見せ、クロサイトを発展させた、とお話を聞いた後だと解釈できますわ」
「ステラ、あの本を全て暗唱できるのか?」
「えぇ、1度読めば覚えられるからね。まさかこんな深い意味がある文章だったとは思いもしなかったけれど」
思わぬところでステラの才女っぷりを見せつけられることとなったが、そのおかげでよく分かった。陛下は記憶を失って帰ってきたにも関わらず、ご本人の本質的能力によって名君として今もなお語り継がれる存在となられたということ。
「戦乱の世を治め、ここまでの国とする基盤を作った方は、只者ではないと分かってはいましたが。こうして実際にお話を聞くと、遠く及ばないことを実感すると同時に、そんなお方の血がこの僕にも流れているということを誇りに思いますね」
ひと通りの話を終えたピシュル様は、改まって我々と1人ずつ目を合わせ、問うた。
『リスクもある上、代償を払わずに帰ってこられる保証もありません。それでもフェリシアを助けに行く覚悟が、みなさんにはありますか?』
「もちろん、覚悟なんてずっと前から決まっています」
「私はリアに助けられた身。今度は私が助ける番だもの」
「リアは、僕にとって誰より大切な人だから。もう1度、笑顔が見たいから」
ピシュル様は僕たちの決意に頷いて、それならいいでしょうと仰った。
いよいよ、誰が精霊界に向かうのか決める時が来た。でも、僕の中で選択肢はすでに1つしかない。
「僕に行かせてください」
「ジェフ!!」
「私は反対。リアに助けてもらった私が行くべきよ」
ノーランとステラの反対は想定内だ。誰もが、自分が行きたいと考えているだろうから。
それでも、これだけは譲れない。僕自身の感情の話だけではなくて、ありとあらゆる損益を考えて。
ノーランはクロサイト王国の王太子だ。下に弟君がいることにはいるが、すでに王太子としての実績を積み、国民や臣下から絶大な信頼を得ている彼に成り代わることは容易ではない。それに、ノーランは現王族の中でも特にピシュル様からの加護が厚いと言われている。そんな人間を失ってしまったら、国自体を揺るがせてしまう大事件だ。
ステラは王太子妃でありながら、知のアメトリン公爵家の娘だ。現在知のアメトリンには直系の後継者がいないため、いずれ誕生するであろうステラの子の中で、リトフの加護を受けた者が臣籍降下されて当主となる予定。国の内外政を取り仕切る、アメトリン家の血を絶やすわけにはいかない。何より、リアが守ったステラを失ってしまうことは、彼女の行為を無駄にしてしまうこと。それだけは、あってはならない。
そんな2人に引き換え、僕には責任も、しがらみも少ない。もちろん、武のアーヴァイン家次期当主として期待されていることは重々分かっている。でも、僕には弟も、妹もいる。弟は母方の血を強く受け継いだためルリの加護は受けていないが、クロサイトは女性でも家督を継げる国。ルリの加護を受ける妹が当主となれば良い。王太子のような取って代われない座でもない上、直系の後継者もいるのだ。僕が帰ってこれなかったとしても、2人ほど周りに与える影響は大きくない。
全てを鑑みた上で、適任者はやはり僕しかいないのだ。
「リアが笑っている世界に、1番固執しているのは間違いなく僕ですから。リアを助けて、帰ってきて見せますよ」




