第二十四話
その時は、実に突然だった。
『みなさん、お待たせしましたね』
「…!?」
リアが療養している部屋に3人が集まり、何気ない会話をして過ごしていた時、急に目の前にピシュル様が姿を現した。事件から約1年、ルピナスから帰還して半年が経った頃だった。
「ピシュル、どうして…」
『ようやくこちらの世界に干渉できるだけの余裕ができましたから。こんなに時間がかかるとは思ってもみませんでした』
ピシュル様はどこからか椅子を取り出し、我々の輪に加わった。そしてほうっと息を吐いて、頭を下げた。
『此度の件は、人間たちを巻き込んでしまい申し訳なかったです。こんなことになるのなら、早く話しておくべきでした』
「ピシュル様、頭をお上げください! 一体どういうことなのです」
『ことの発端は、今から4020年前、まだこの世界が戦乱の世だった頃です。当時精霊だった私は、ある青年に力を貸し、その争いに終止符を打ちました。彼の名前は、アシェル』
「初代国王陛下、ですね」
この話は、クロサイト王国の建国史にも記載されている内容だ。ピシュル様の力を借りて世を治めた青年は、クロサイト王国を建国し、精霊だったピシュル様は大精霊へとなられた。子供でも1度は聞いたことのある、非常に有名な話。
『そうです。彼に力を貸したことで多くの人間に名を知られることとなった私は、大精霊となりました。精霊と大精霊では、扱える力の量や質、種類も異なるのです。精霊だった頃には決して成すことのできなかったこともできるようになりました。大精霊とは、それほど特別な存在なのです』
「つまり、精霊から大精霊になるためには、人間の信仰心が必要だということですか?」
『その通りです。他にもいくつか条件はありますが、1番必要とされるのは信仰心です』
これは、人間には知られていない話だ。少なくとも、クロサイトではそういった話を聞いたことがない。
特にクロサイトやルピナスなど、精霊が存在している国では精霊に関する研究が活発に行われている。しかし、精霊が大精霊になる経緯など、研究しても分かるはずがないため諦められていた。まさかここで、その長年の謎が本人の口から解き明かされるとは。
『そして、私が大精霊となったとほぼ同時期に、大精霊となった者がもう1人いたのです。それがディレンスです。彼はルピナスで戦乱の世を治め、信仰の対象となりました。その時は、問題なかったのです。しかし、熱狂的な信者たちが宗教団体を組織し、人間たちは狂っていきました。それをディレンスが止めることはなく、むしろ信仰心の強さを自分の力として利用したのです。結果、彼を止められる者は誰もいなくなりました』
『ディレンスは段々と自分を信仰しない人間を傷つける方向へと向かっていきました。今回、フェリシアを害した毒を作ったのも彼です。精霊の加護を受けているにも関わらず、自分を信仰していない人間を憎く思ったのか、あのような特性を持ったものを作り出したのです。これが、人間には知られていない精霊の歴史です』
ピシュル様が話した精霊の歴史は、人間の世界で語られていたものとは大きく違った。ディレンスという大精霊の存在さえほとんど知られていないし、ましてや大精霊になる条件など、今まで誰も知らなかったことだろう。
「なるほど、あの毒はディレンスが作り出したものだったのですね。どうりでリアがこれほどの状態に陥っているわけです」
「精霊の歴史はよくわかりました。今、リアはどうなっているのですか? 助かるんですよね!?」
『それも全てお話ししましょう。フェリシアの魂は今、精霊界にいるというのは以前伝えましたね。正確には、私の力が最も強く影響する場、聖殿にいます。あの事件の時、毒によって体と魂は遠く離れ離れにされてしまいました。本来は魂は放浪し、2度と本人の体へと戻って来ることはありません。そこで彼女の加護者である精霊フィアは魂を精霊界に繋ぎ止め、なんとかどちらも居場所が分かる状態にしたのです』
「それなら、すぐにでもリアの魂をこの体に戻せば良いのではないのですか?」
ピシュル様は首を横に振った。瞬間、ステラの顔は悲しみに染まる。
『あの毒は精霊の干渉を妨げる作用を持つもの。守りと癒しに長けたフィアだからこそ、魂と体を守り、人間界との繋がりを弱いながらも維持することができたのです。これ以上のことは、我々の力ではどうにもできません。残念ですが…』
『今、フェリシアの魂は眠りについています。それによって我々精霊側の消費能力を減らし、こうして人間界への干渉を可能としている状況なのです』
「…つまり、これ以上施す手がないということですか?」
ノーランの言葉に、部屋の空気は凍りついた。これ以上できることがない、という状況以上に、もどかしいものがあるだろうか。努力や犠牲で状況を変えられる方がずっと、希望を持って生きられる。
『いいえ、1つだけ手があります。ですがこれは…』
「教えてください。僕たちはリアを助けるためならどんなことだってできるんです。彼女がもう1度笑ってくれるのならなんだって…!」
僕たちの決意は固い。今まで10年以上を共に過ごしてきた大切なリアを、そう簡単に諦めるつもりはないし、僕たちができることがあるのなら、それを全力で行う覚悟がある。
リアは、フェリシア・エライユは、大切な人だから。
『そうですか、そこまで言うのならお教えしましょう。彼女を救うためには、魂の人間界との繋がりをより強いものにする必要があります。現在魂と体が遠く離れている状態のため、人間界との繋がりが弱く、体に戻ることができないのです』
「魂と人間界の繋がりを強くする方法があるということですね!?」
『はい。それは、魂の共鳴を起こすこと。人間と精霊、どちらにも強い繋がりを持つ者の魂と、フェリシアの魂を引き寄せることで、彼女の魂と人間界の繋がりを強めることができます』
「誰かが精霊界に行くということですか?」
『そういうことになりますね。あくまで体ではなく魂が、ですが』
リアを助けることができるのなら、なんだって構わない。きっと、そう思っているのは僕だけではないはずだ。




