第二十三話
地下牢の目と鼻の先にある取り調べ室。大人2人が両手を広げたくらいの広さしかなく、中央には椅子が1つ置かれているだけだ。湿気が多いのか、空気はどんよりと重い。
「3か月ぶり、かな。久しぶりだね、ラトソル男爵殿」
「…王太子殿下」
ルピナスに行っていた3か月間、男爵と賊の取り調べは僕の直属の部下が行なっていた。定期便で受けていた報告によると、男爵は口が固く、有益な情報は得られていないらしい。罪状が固まらないままずっと拘束しておく訳にもいかないので、近いうちに自白を取って正式に牢へ入れたいところだ。
「男爵が頻繁に取引をしていた組織とコンタクトを取ってきたが、心当たりは?」
「…い、いえ」
「そうか、まあ良い」
ノーランがこちらを見て合図を送ってきたので、僕は懐から1枚の紙を取り出した。そして、男爵に見せつけるように示す。
「…!?」
「どうやら心当たりがあるようだが?」
明らかに、男爵は目を見開いて動揺の色を灯した。
その紙はルピナスから持ち帰ったもの。ステラが禁書庫で描いた、信精教団の紋章を写した紙そのものだ。
「ど、うしてそれを…」
「伝手でな。観念して全てを話せ」
ノーランの声は普段よりもずっと低く、詰められているわけではない僕でさえ、背筋が伸びるような声色だった。
そしてその言葉に促された男爵は、最初はためらっていたものの、もうこちらである程度の捜査ができていることを察してか、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。
「私は、信精教団という宗教組織と手を組んで、王太子妃殿下を襲撃する計画を立てました。毒は、ルピナス王国から秘密裏に持ち込んだもので、ブラッドは我々が送り込んだスパイ兼実行犯でした…」
「なぜ、王太子妃を襲撃しようとしたのだ」
「…それは、言えません」
そう男爵が答えた瞬間、僕は剣を振って男爵の頭部近くを切る。剣が空気を切る音が、ダイレクトに男爵の耳に届いたことだろう。
「ひっ!!」
「答えろ。黙秘権はない」
ノーランは決して、甘い人間ではない。幼い頃から次期国王として教育を受け、常に統治者として正しい道を選び歩んできた人。彼が温厚なのは、善人の前でだけだ。悪人には徹底的に罰を与える。そして2度と同じようなことが起こらないように対策を行う。それが、ノーラン・クロサイトという人間だ。
「…1年ほど前、王太子殿下のご婚約者様が決定したという知らせが男爵領にも届きました。これ以上、大精霊ピシュルの愛し子が力をつけては困るので、その婚約者を殺してしまえと教祖様に言われました」
何度聞いても、腹が立つ話だ。『教祖』である男も同様の話をしていたが、自分たちの都合で簡単に人を殺めるという思考回路が恐ろしくて仕方がない。本来、生物の命はそんなに軽々しいものではないはずだ。それなのに、信精教団の中では、その価値観すら破綻していて、教祖が良いと言えば良いというルール。そこに倫理なんて考えはない。
「すぐにブラッドを潜入させて『精霊殺し』を入手し、パーティーで決行させました」
話し終えた男爵は首を垂れ、力なくただおとなしくしているだけだった。
ノーランは大きく息をついて、呆れたような、怒ったような声色で言った。
「十分に理解した。そなたらに情状酌量の余地はない。罪と向き合い、せめて反省をしながら判決の時を待っていろ」
「…はっ」
すぐこの場で首を切らなかったのは、彼が賢明な統治者の1人だからである。
本来は、王太子妃の殺害未遂を企てた者と実行した者は罪が確定次第即刻処刑をされてもおかしくない。一国のトップに君臨するお方を害そうとしたのだから当然だ。しかしそれでは、事件について、教団についての取り調べができなくなってしまう。また、リアを救う方法を彼らが知っている可能性だってある。
もしも僕がノーランの立場だったとしたら、首を切り落とさずにこの取り調べ室を出ることができていただろうか。
ガンッ!という音と共に、庭園の陽樹からはらはらと木の葉が舞い落ちる。妃を襲われ、友人を意識不明の状態にされたノーランの、ぶつけようのない感情が初めて表に出た瞬間だった。彼は非常に責任感が強く、この事件がなかなか解決しないことに焦りと苛つきを感じていた。
「犯人たちの顔を見ていると腹がたつんだ。どうして彼らはのうのうと生きているんだって」
実際に犯行動機などを聞いていると、本当に腹がたつ。だからノーランの気持ちは痛いほどよく分かるのだ。
犯人たちが起こした事件のせいで、今も傷ついている人がいる。未だ目を覚さないリアはもちろん、庇われたステラだって心に深い傷を負ったまま気丈に振る舞って生活している。その近くで彼女を支え、捜査の指揮をとっているノーランが抱える精神的ストレスもきっと多大なものだ。
「おそらく、事件が解決してもこの腹立たしさが解消されることはないだろうな。それこそ一生、この理不尽さに怒りを持って生きていくしかないんだよ」
「罪を償う、と言うのは簡単だけれど、被害者側の傷と怒り、悲しみの感情は永遠に消えない。たとえリアが目を覚ましたとしても、失われた時間が戻ってくるわけでもないし、襲われた記憶が消えるわけでもない。それはずっと人生の中の鎖になって被害者側を縛り続けるんだ」
「感情的になるべきではないと、頭の中ではわかっているんだけどね。どうしても、やるせない気持ちが抑えきれないんだ」
「ノーランだって、1人の人間だから。たまにはこうして感情をぶつける場所を与えてあげないと壊れてしまうよ」
ノーランは大きく息を吸って、吐いて。また、王太子ノーラン・クロサイトに戻った。




