第二十話
男の話は矛盾している上、根拠もない。
精霊の加護を受ける者が多く集まるほど力が強くなると主張しているのにも関わらず、ノーランが力をつけたら困るという理由でステラを亡き者にしようとしているのだ。全く理解できない。そもそも、私利私欲のために他人を殺めようとするような組織の思考回路を理解できるはずがないのだが。
僕は腰に下げていた片手剣を抜き、男を見据えて構えた。相手は、武術の心得があるような気配はしないが、どんな手を使ってくるか分からないので警戒を怠るべきではない。
「いいんですか、そのようなことをして。愛しの姫君を助けられなくなりますよ」
「あぁ、構わないさ。お前に頼らずとも自分たちの力で助けるからな」
「随分な自信ですねぇ。仕方がありません、お相手いたしましょう」
男は、何やら天に両手を掲げ、聞き取れない言葉で叫んだ。
「なんだ、古語か…?」
『ワタクシの邪魔をするニンゲンは許せません。始末するのみ…』
男は急に纏う雰囲気が変わったようになり、懐から短剣を取り出した。おそらく、その刃には毒が塗布されていることだろう。
こちらは、殺してしまわない程度の傷を与えることができれば勝利。あちらは、短剣でかすり傷でもつけることができれば勝利。
「…いざ」
こちらへ向かって歩き出した男を前に、自分も構えの姿勢をとる。次第に、男はスピードを上げて走り出す。
『シネェェェ』
やはり、あまり武術に優れている者の攻撃ではない。簡単に躱せるスピード、剣筋。
「殺しはしない、聞きたいことが山ほどあるからな」
一撃目を躱し、すぐに飛んできた二撃目も難なく躱す。体勢を立て直し、改めて男の纏う雰囲気に集中してみる。
「…精霊の気配?」
ほんのわずかだ。ほんのわずかに、男から精霊の気配がした。愛し子と判断するには弱すぎるが、勘違いで済ませるには強すぎる。
「…お前、誰だ?」
『フハハハハ! 貴様のようなニンゲンに名乗る名などない』
「それは残念だ」
気にかかることはたくさんあるが、捕らえた後に聞き出せばいい。今はただ、男を殺さない程度の傷でとどめつつ捕縛することに集中するべきだ。
再びこちらに向かってきた男。筋を見極めて躱しつつ、男の左足を切り付けた。
『ぐっ…!』
「安心しろ。その程度では死なない」
地面に崩れ落ち、足を押さえながら悶える男から短剣を取り上げ、剣の柄で首の後ろを打って気絶させた。と同時に、謎の空間もガラスが割れるように崩れて消え去った。
「アーヴァイン卿! ご無事でしたか!?」
「あぁ、問題ない。それよりもこの男を頼む。もしかしたら他に凶器や毒物を所持している可能性もあるから、気をつけて移送するように」
「はっ!」
男の身柄を騎士に託し、すでにほぼ制圧されている建物内へと乗り込む。あまりにリーダー格だと思われる男が弱かったので、どことなく心配になったからだ。
しかし、結果として、心配したほどのことは起きなかった。あの男よりも腕の立つ人間は何人かいたが、遅れをとるほどではなかったし、注意するべきは毒くらいだったからだ。あまりにあっさりとした制圧に、なんだか拍子抜け。
「建物内にいた者は全員捕縛しました。毒による攻撃で怪我人は数名でましたが、命に別状はないようです。もちろん、死者も出ていません」
「そうか、それは良かった」
国に忠誠を誓い、時には自らの命を顧みることなく任務を遂行しようとする者がいる。それは、仕事として、国民として、当たり前だと思い行っていることかもしれない。しかし、僕はそれを素晴らしいと賞賛する気にはなれない。その者たちにも家族や友人といった帰りを待つ人間がいて、死による別れほど、絶望を感じるものはないからだ。
僕は、生きていてこそ、希望があるのだと、リアに教えてもらった。
「ただいま」
そう言って帰れる場所があって、涙を流し喜んでくれる人がいる。そんな幸せを、なるべく多くの人に。
「傷は、怪我はしてない!?」
「あぁ、かすり傷ひとつないはずだ。ノーランとの約束だからな」
「良かったぁ、もしも怪我をして帰ってきたら、2人で手当てをしようって言っていたんだからね!」
「王太子ご夫妻に手当てしていただけるのなら、かすり傷くらいつけてきたようが良かったですね」
いつも通り、軽口を叩いて笑いが起きる、そんな時間。ここにリアがいないことが、ただひとつ、僕たちの心に影を落とす理由だ。
「完全制圧、軽傷者5名、重症者死者共になし」
「そうか、さすがジェフがいただけあるね」
「いいや、妙に弱かった。特にリーダー格の男」
ノーランに報告をしつつ、情報を共有する。
僕が武の精霊ルリから加護を受けている以上、一般人に負けることなど考えにくいとは言え、あの男はあまりに手応えがなさすぎた。
それに、微かに感じた精霊の気配も気にかかる。
「精霊の気配ということは、愛し子だったの?」
「いいや、愛し子にしては気配が弱すぎたんだ。何かしら、祝福が付与されたものを持っていたのかも」
「詳細は明日以降にルピナス側から上がってくるものを確認するしかないけど…」
交戦した男を含む、信精教団の関係者37人は、この王城に併設されている牢に入れられ、明日から取り調べを受けることになっている。その結果は会議で共有され、僕を通してノーランとステラにも伝えられる。
「大精霊の目覚めって言葉も気になるね。やはり、ピシュル以外に大精霊がいると考えるべきか」
「おそらくは。でも、そんな歴史、耳にしたことがないよ」
「僕も。ピシュルからも聞いたことがないし、クロサイトの歴史書にも記述はなかった」
あの男は、僕たち愛し子の力を使って大精霊を目覚めさせるのが目的だと言っていた。現在、大精霊で在らせらるピシュル様は、眠りについておられるわけではない。連絡こそ1度しか取れていないが、少なくとも僕たちの力が必要な事態に陥っていないことだけは確かだ。
つまり、信精教団が起こそうとしていたのはピシュル様ではなく別の誰か。あの男の言葉を間に受けるのなら、それは大精霊だ。
「あの禁書に書かれていた黒髪の大精霊と何か関係があるのか…」
「崇めている様子だったし、その可能性が高いな。となると、ピシュル様に連絡が取れたタイミングでお聞きするのが1番か」
少しずつ繋がってきたとはいえ、まだまだわからないことが多い。事件解決に向けて進むたびに、新たな疑問が生まれてくるとも言える。
もうすぐ、ルピナスでの滞在期間も終わりを迎える。それまでになんとか、捜査にケリをつけて、リアを目覚めさせる手掛かりが見つかれば良いのだが。




