第二話
それから1年が経ち、ノーランたちと出会ってから10年となった。
学園生活も残すところあと1年というある日、突然王城から呼び出しを受けた。全く心当たりはないが、お父様は呼ばれておらず私のみの呼び出しだったため、それほど重要な件ではないだろうと気を楽に持って登城した。
「お待たせ致しました、フェリシア・エライユです」
「いきなり呼び出してすまないな。フェリシア嬢たちには先に知らせておくべきだと思って呼んだのだ」
通された部屋には国王陛下夫妻とノーラン、ステラ、ジェフの5人がすでに揃っていた。どこか粛々とした空間に、私も少しばかり緊張を感じる。
王城には幾度となく足を運び、第2の家と呼んでも差し支えがないほどだが、国王夫妻が放つ荘厳なオーラには未だ慣れない。基本的にはお優しく、私たちに対して厳しい言葉をかけられることはないが、やはり我らが君主で在らせられるという事実だけでも、私が緊張するのには十分である。
「ジェフリーとフェリシア嬢はつつがなく過ごしているのかね?」
「はい、陛下のご配慮のおかげで充実した学園生活を送っております」
「私も将来に向けて努力を重ねる日々でございます」
陛下は、それなら良いのだ、と微笑んでくださった。
そして、私の中で何かが引っかかったまま談笑が続き、陛下が仰った「知らせておくべきこと」とは何なのか分からないまま時は過ぎる。
「陛下、おふたりは多忙ですからお早めに本題を」
「あぁ、そうであった。すまない、久しぶりに2人と話せて楽しくてな」
王妃殿下に促されて、陛下はようやく本題に入ろうと咳払いをなさった。
「正式な公表までは他言無用であると肝に銘じておくように、良いな?」
「「はい」」
「うむ、実はノーランの婚約者をステラ嬢とすることに決定したのだ」
「「!!」」
第1王子、あと1年で立太子するノーランの婚約者ということは、次期王太子妃ということ。その座に、ステラが座ることとなったのだ。
ここでようやく、私の中で引っかかっていた何かが何なのか理解した。先ほどから、会話にノーランとステラが参加しておらず、私とジェフにばかり話題が振られていたのだ。
「心よりお祝い申し上げます。王国の未来に栄光あらんことを」
ジェフは姿勢を正して祝いの言葉を述べた。私もジェフの言葉に合わせて礼をし、ノーランとステラを祝った。
当の本人たちは顔を見合わせて微笑み、既に婚約者らしい雰囲気を纏っている。
幼い頃から親しく過ごした2人が婚約とは、どこか感慨深いものがある。社交界では、私とステラのどちらが選ばれるのか!?なんて噂されていたが、私たちの間にそんな空気はまったく流れておらず、今回の件は本当に驚いているのだ。
「結婚式は翌年の春を予定している。2人には手を借りることもあるだろうがよろしく頼む」
「謹んでお受けいたします」
約1年後の立太子に加え、その次の春には結婚式となるとやるべきことは山のようにある。忙しい友人たちの手伝いができるのなら、それは私にとって喜ばしいことだ。
「どう?驚いた?」
「もちろん、すごく驚いたわ。改めておめでとう、ノーラン、ステラ」
別室に移動し、いつもの4人だけの空間となった。先ほどまでとは打って変わり、カップに口をつけながら談笑する和やかな時間。
「ありがとう、リア!」
「ちなみに、私たちはどこまで聞いても良いのかしら」
先ほど、陛下に他言無用と言われたので、世間一般に公表するのはまだ先であることは分かっている。そのため、私たちに話せる内容はそう多くないはずだ。
「どこまで、って…」
「全て、だな」
「「え?」」
私とジェフは驚きを隠せなかった。次期王太子の婚約という一大案件であるというのに、全てとは何事か。
「ジェフたちはめったやたらに口外するような人間ではないだろう」
「いや、そうだが…」
「それに、今後も僕たちの近くにいるであろう2人を信頼できないようではね」
「そういうことだから、特に話せないことはないの。気になっていること、あるでしょう?」
私たちは顔を見合わせて、これから聞く話は絶対に心のうちに秘めておこうと誓った。
「いつからそんな話が出ていたんだ?」
「1年前くらいかな。成人したら立太子するわけだし、婚約者を決めるように言われたんだ」
クロサイト王国では、16歳を成人年齢とする、と定められている。第1王子であるノーランは、半年後の成人と同時に、立太子することになるのだ。今までは、現国王陛下の弟に次ぐ王位継承権第2位の王子であったわけだが、正式に王位継承者としての立場を国内外に示す機会となる。
「それなら、2人は政略結婚ということになるの?それとも…」
「恋愛結婚じゃないかな。僕はずっと前からステラのことが気になっていたから」
「えぇっ!」
思わず、大きな声が出てしまった。失礼しました、と咳払いをして一呼吸置いた。
「ずっと前って、いつから?」
「学園に入ってしばらくしてからくらいかな」
つまり、7、8年前ということだ。そんなに前からずっとステラのことを思い続けていただなんて、全く気がつかなかった。
「それで、ステラはどうして了承したんだ?」
確かに、私も気になるところだ。ステラはあまり恋愛には興味がなさそうで、私ともそう言った話をすることはほとんどなかった。記憶にあるのはほんの数回だ。そんな彼女が急にノーランとの婚約を決めるだなんて、驚き以外の何でもない。
「どうしてと言われても難しいなぁ。ノーランと過ごす時間はとても心地が良いし、次期王太子として努力している姿を見ていて、支えてあげたいとおもったから、かな」
自分で話しておきながら、ほんのりと赤く頬を染めるステラは、恋する女の子の姿そのものだった。
「これで2人も婚約者探しを始められるな」
「まぁ、そうなんだが…」
私とジェフは顔を見合わせて苦笑した。
正直なところ、今はそれどころではないのだ。学園生活を送りながら、2人の手伝いをする必要があるので、自分の婚約者探しをしている場合ではない。それに、2人のように学園を卒業してすぐに結婚する人たちもいるが、結婚適齢期はあと5年も残っているので問題ない。
「私たちは急がないから大丈夫よ。しばらくは2人をお祝いすることに専念するわ」
「…そういうことだ」