第十九話
信精教団突入の日。それは何の偶然か、あの事件からちょうど4ヶ月の日だった。
クロサイトとルピナスは協力関係を結び、万全を期してその時を迎えた。
ルピナスの騎士団を主戦力とし、クロサイトからは護衛の騎士を何人か派遣する。また、毒物を使って攻撃を行なってくる可能性を鑑み、近くの施設に医療師と用意できる限りの解毒薬を準備した。
「…本当に行くの?」
「あぁ、僕が行かないと。リアをあんなふうにした元凶を、この手で捕えることだけが、今の僕にできることだから」
ステラは両手を胸の前で握りしめ、不安そうな顔をして俯いた。彼女は2度、信精教団の襲撃を受け、その恐ろしさを知っているのだ。僕がその本陣に踏み込むことを、不安に思わないわけがない。
「ジェフは、リアのためなら何でもする人間だ。それがたとえ、自分の身を危険に晒すことだとしてもね」
「じゃあ…!」
「でもね、今回ばかりは止められないんだよ。リアのため、それが償いだと考えているんだから」
ノーランは、苦しげに笑って、ステラの頭にそっと手を置いた。
今回、彼には随分と無理を言った。
3大公爵家のアーヴァイン家嫡男で、王太子の側近でもある僕を、戦いの前線に送るという危険な行為には、当然反対された。でも、僕以上の適任者はそう簡単に見つからない。結局は長いこちらの説得に折れた形だ。
「無事に、いや、かすり傷ひとつ許可しないからな」
「それはまた厳しい命令だな」
「傷ひとつでもつけて帰ってきてみな、2度とこんなことを許可することはなくなるぞ」
彼の表情は、今まで共にしてきた10年の中で最も、王太子らしく、また友人らしくもあった。
「分かった。約束だ」
僕は2人に笑いかけて、王城を後にした。
「アーヴァイン卿、こちらです」
「状況は?」
「まだ大きな動きはありません。おそらく、あちらはこちらの動きに気がついているでしょうが」
信精教団の本拠地は、王城から馬で10分とかからないところにあった。そう、王都の中だ。彼らは堂々と、騎士団の目が光る王都に存在し続けていた。
「10の刻。一斉に突入開始です。あとは計画通りに」
「分かった」
その時を待ち、騎士たちは建物の影に息を潜める。決して、本拠地の建物から目を離さないように。
「…!?」
あと数分で突入の時という頃、建物から悠然とした足取りで姿を現した男が。
「こんにちは。いや、こんばんは、かな?」
にこりと不適な笑顔をたたえ、明らかにこちらを見ている。身なりから察するに、それなりの地位を持っている者だ。
「あいにく、挨拶をする気分ではない」
「それはそれは。異国のおぼっちゃまは躾がなっていませんねぇ」
「黙れ。簡潔に、名だけ教えてやろう。ジェフリー・アーヴァインだ」
男はクツクツと笑って、扇で口元を隠した。
「えぇ、もちろん知っていますよ。我らが愛し子殿」
そう言った男は、パシンと扇を畳んでこちらへ向けた。その瞬間、男と僕を囲うように、空間が遮断された。音も、風も遮られ、時間までもが止まっているような気がする。
「愛し子殿を傷つけるつもりはありません。あなたがたには、成していただかなければならないことがありますから」
「はっ! そちらの協力をするはずがないだろう」
「どうでしょうねぇ。愛しの、姫君を助けられると言っても?」
これは、明らかな挑発だ。あちらにリアを助ける気などさらさらないだろう。ただ、僕を手にいれ、自由に操るための虚言だ。
「話だけ聞かせてもらおうか」
「そうこないと。あなたがたには、大精霊様を眠りから起こす儀式を行なってもらいたいのですよ」
「儀式?」
「えぇ、そうです。大精霊ピシュルの加護を受けるノーラン・クロサイト。知の精霊リトフの加護を受けるステラ・クロサイト。そして、武の精霊ルリの加護を受けるジェフリー・アーヴァイン。3人の力を持ってすれば、大精霊様を起こすことができるのです!」
男は両手を天に掲げ、フフフフフと笑った。どうやらこれは、信精教団の人間の共通した行動のようだ。以前、クロサイトの牢でも、ブラッドが同じような姿勢になって狂っていた。
「僕たちにそのような力はない。加護は、あくまでその人間の能力を向上させるものでしかないと、知らないのか?」
「フフフ、愛し子殿こそ知らないのですよ。正しい力の使い方というものを。愛し子殿が集まれば集まるほど、その力は累乗的に増強されるのです。それらの力を用いれば、必ず、大精霊様を起こすことができますよ」
彼の話には、全くと言っていいほど心当たりがなかった。ルピナスの教会を訪れた際に、ひとつの部屋に6人の愛し子が集まっていたが、特に変化は感じられなかったから。彼の信じるその話が根本的に間違っているのか、もしくは他に条件を満たす必要があるのか。
「それならどうして、愛し子である王太子妃を狙った?」
「はっ! そんなもの、簡単ですよ。これ以上大精霊ピシュルの愛し子が力をつけたら困りますからねぇ」
実に、実にくだらない。そんな身勝手な理由で、リアは今も目を覚さないままなのだ。
許せない。許せるはずがない!
「分かった。もうこれ以上余計なことは話すな」
「余計なことですって?」
「あぁ、これ以上私の怒りに触れるようなことを話しでもしたら、お前の命はない」
「なんと、それはそれは恐ろしいですねぇ」
もう、今ここで本当に殺してしまっても良いのではないか。
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
そんな僕を冷静に戻したのは、やはりリアだった。
『だめだよ、ジェフ』
本当に声が聞こえたのか、それは分からない。それでも、リアの言葉であることは疑う余地がなかった。




