第十八話
それからの動きは、実に迅速だった。
ルピナスとしては、隣国の王太子妃を2度も襲撃した組織が自国内にある以上、なるべく早く対処しなければならない。
クロサイトとしても、不安の芽を摘むのは早いに越したことはない。
信精教団の所在地が判明してから、僕は非常に忙しくなった。
ルピナスの調査グループと共に、組織の大まかな人数、闘争経路の封鎖準備、突入計画等々、制圧に向けてしなければならないことが山のようにあったからだ。ピシュル様の話を聞く限り、この教団を制圧したからと言ってリアが目覚める訳ではないのだが、事件解決に向けて大きな1歩となることは間違いない。
「相手は相当な手練の集まりであると推測されます。こちらも精鋭を揃え、十分な人数を確保する必要があるかと」
「『精霊殺し』を使ってこないとも限りません。毒への注意も必要です」
「そうなると、こちらも何か武器になるようなものが欲しいですが…」
信精教団調査グループで毎日行われている会議。基本的には情報共有と、制圧の計画を行っている場だ。僕は忙しいノーランに代わり、クロサイト側の代表として出席している。あまり自ら意見を口にすることはないが、2回の襲撃どちらの現場にも立ち会った人間として、助言を求められることはある。
「毒に関しては、愛し子以外の人間に使用されてもそこまで大事にはなりません。専用の解毒薬がありますし、すぐに処置をすれば毒自体が死因になることは考えにくいです」
「そうなのですね。てっきり毒自体に強い毒性があるものだと思っていました」
『禁忌の毒』『精霊殺し』は、精霊による愛し子への干渉を妨げる作用を持つ毒だ。
僕たち加護を受ける人間は、精霊と精神的に深く繋がっている。そのおかげで一般人には成し得ない能力を使用することができるようになる。例えば僕の場合は、武の精霊ルリの加護で身体能力が他の人間よりも高く、剣術や体術を習得することに適している。
また、現在は出来ていないが、通常時は精霊と意思疎通を取ることができる。話せると言うよりは、精霊の感情がふんわりと伝わってくるという表現が適しているだろうか。精霊がこちらの世界にいる時や、精霊側から連絡をとってきた場合は、言葉を交わすことも可能だ。
しかし、この毒を受けるとそれらの能力は使用できなくなる。また、愛し子に対して強力な毒性を持つ特殊な毒であるため、一般人向けの解毒薬を使用しても効果は限定的だ。
「ジェフリー・アーヴァインです」
「どうぞ」
扉を開き、中に入ると、忙しそうにペンを動かすノーランの姿が。
「ごめんね、今少し手が離せないんだ」
「構わない。僕でもできるものなら回してもらっても大丈夫だが」
「いいや、もうすぐ終わるから。ありがとう」
クロサイトより急ぎの書類が届けられたらしい。
現国王陛下はご病気もなく、大変お元気で在らせらるが、成人し王太子として、次期国王としての盤石な地位を築き上げるため、ノーランは陛下より業務の一部を請け負っている。
そして、王太子妃であるステラも、補佐官である僕も同じで、着々と代替わりへの準備が進んでいるのだ。
「お待たせ。急ぎの分は終わらせたから、ジェフの話を聞こうかな」
「あぁ、お疲れ様。会議の内容を共有するだけだけれど」
ノーランの代わりに会議へ出席しているため、毎回こうして内容を共有し、翌日の会議で議論すべきことを確認しておく。
「もしもに備えて、解毒薬はクロサイトが持参したものもすぐに使えるよう準備しておこう。医療師も近隣の施設内に待機させて、怪我人にはすぐ対処できるように」
「分かった」
「いち宗教団体だからと侮ってはならないからね。なんせ、ずっと息を潜めて未だに多くの信者を抱える組織だから」
ノーランの言う通り、信精教団はルピナス王国の建国と同時に成立し、調査の手を逃れ続けてきた訳だ。今回はクロサイトの協力と、賊の供述によってここまで追い詰めることが出来ているだけのこと。侮って手を抜くことが出来る相手では無い。それは、リアという被害者を出した僕たちが1番良く理解している。
ノーランは、解毒薬と医療師の提供を行う旨を記した書類を作成し、印を押して渡してくれた。これがあれば、明日の会議でこの内容を進言できる。
「早く意思疎通ができるようになって欲しいね。今までこんなことは生まれてから1度もなかったからやっぱり落ち着かないし」
「ピシュル様はもう少しと仰っていたんだろう?」
「うん。リアが眠りについたから、もう少しだって」
詳しい言葉の意味は分かりかねるが…
「つまり、リアの状態が落ち着いて、そちらに割く力の割合が減れば意思疎通を行えると」
「恐らくは」
「精霊の『もうすぐ』ほど信用のならないものは無いが…」
「たしかにね」
ノーランはハハッと笑った。
精霊の時間感覚は、人間とは全く違うと聞く。実際にどれほどズレているのかは分からないが、精霊の方が時間を速く感じるそうだ。
ピシュル様のもうすぐがどれほどすぐなのかは分からない。きっと本当にすぐであることを願うばかりだ。




