第十話
季節は移り変わり、爽やかな夏。ノーランとステラ、僕の3人は今、ルピナス王国の王城にいる。
遡ること3ヶ月。ラトソル男爵を捕らえた日、ステラがルピナス王国の大使と交渉を成立させた。それは、ルピナスでも調査を行ってもらうという内容だ。
騎士団の調査によると、男爵が最も頻繁に交易を行っていたのも、賊であるブラッドの故郷も、ルピナスであるという。
また、ルピナスは『禁忌の毒』による毒殺事件という共通の歴史を持つ国でもある。僕たちはルピナスにいる人物及び団体が怪しいと踏み、協力を要請したわけだ。
そして1ヶ月前、ルピナスでの調査結果が出た。結果はある程度親書によって知らされているが、結果に伴う今後について話し合うため、ルピナスまで足を運んだ。
「この度ははるばるルピナスまでお越しくださりありがとうございます。このような状況ではございますが、少しでも快適にお過ごし頂けたらと思います」
「ありがとうございます。有益な旅となることを期待しております」
ルピナス王の言葉に、ノーランが代表で返答した。
国同士のパワーバランスとしては、圧倒的にクロサイトに傾いている。国王がノーランたちの結婚式に参列するほどだ。
謁見を終えて通された部屋は、この王城で一二を争う豪奢ぶりだと思われる。国賓として迎えている以上、下手な扱いはできないだろうが。
部屋で一息つき、侍従たちに荷解きの指示をしている最中、ノーランが扉を叩いた。
「ジェフ、長旅の直後で悪いがこちらの部屋に来てもらえるだろうか」
「あぁ、構わない」
ノーランはどうにも険しい顔をしている。何かあったのだろうか、と思案したが、ノーランとステラが過ごす部屋に入ると、すぐにその理由が分かった。
「なんだ、この気配」
「ジェフもわかる?」
「あぁ、ルリ達に似た、精霊の気配だ。でも…」
何かが、確実に違う。
「見られている。たぶん、あれ」
ノーランが指差した先には、大きな姿見。確かに、そこから嫌な気配がしている。何かおかしなものが写っているわけではないが、明らかに何者かの力が宿った代物だ。
「さっき壊そうとしたんだけど、壊れなかったのよね…」
ステラは頬に手を当てて残念そうに言ったが、訪問先の王城で器物損壊など普通は笑い事ではない。ただ、ノーランとステラの安全のためにも破壊しておくべきだ。
「ジェフ」
「あぁ」
僕は懐から護身用の短剣を取り出し、姿見の前に立った。
ステラが破壊できなかったということは、常人には到底破壊できないということ。意を決して短剣を構え、姿見を見据えた。
嫌な気配がより近く感じられる。
短剣の柄でガンッと叩くと、姿見は音もなく砕け散った。
「気味が悪いわね」
「調査が必要かな。ステラ、頼める?」
「任せて」
ステラは、砕けた姿見の破片をいくつかハンカチーフで拾い上げて袋に入れた。こういう調査の分野はやはりステラが適任である。
精霊の気配はしなくなったので、僕も大きな破片をひとつ懐に入れた。
ほどなくして、部屋の扉が叩かれた。ノーラン付きの侍従だ。
「失礼致します。クロサイトより定期便が届きました」
「あぁ、ご苦労様」
ノーランが受け取ったのは書筒。
中には十数枚の手紙が入れられていた。
「これはジェフに」
「ありがとう」
手紙の差出人は、クロサイトに残っている侍従の1人だった。
『エライユ公爵令嬢様の容態は依然変わらず。異常なし』
意識が戻っていないリアは、クロサイトの王城で静養している。そして、定期的にこうして報告をさせているのだ。
本当は心配なので側を離れたくはなかったのだが、ノーランとステラを守るために同行せざるを得なかった。2人は、リアのように毒耐性は持っていないし、万が一刺されでもすればひとたまりもない。護衛は十分な人数を連れてきているが、やはり1番近くで守れる人間がいた方が安心だ。
翌日、ルピナス王城の会議室は凍てつくほどの緊張感で満たされていた。
席についているのは5人。ルピナス王、結婚式の際の大使、ノーラン、ステラ、僕というメンバーだ。他にも部屋には、書記官や侍従など。
「これより会議を始めます。進行は私、ジェフリー・アーヴァインが務めさせていただきます。よろしくお願いします」
軽く礼をして、話を続けた。
「早速になりますが、ルピナスでの調査結果を改めて共有していただけますか?」
「はい、それは私からさせていただきます」
手を挙げた大使は咳払いをして手元の書類を読み上げ始めた。
「ラトソル男爵がルピナス国内で行っていた取引を数年間調べた結果、ある組織と頻繁に連絡を取っていたことが分かりました。その組織の名前は『信精教団』です」
さらに大使は続ける。
信精教団はルピナス王国の裏社会を牛耳る組織で、熱狂的な信者が多く、時に殺人に手を染めることもあるそうだ。そんな組織と繋がり、男爵は『禁忌の毒』をクロサイトに持ち込んだと見られている。
詳しい調査はさらに行う必要があるが、ここまで分かっている以上は教団を野放しにしておくわけにいかない。
「教団の所在地については現在調査中ですが、難航すると思われます」
「何故ですか?」
「最下層の駒を捕えることはそう難しくないのですが、上層部となると情報も少なく探し出すには時間がかかります。また、教祖と呼ばれるトップの人物は不思議な術を使うと言われており、並の騎士が探し出せるかどうか…」
問題は山積みである。
例えば、教団の所在地が判明したとして、相手の手札がどのようなものか分からないため、無闇に乗り込むわけにもいかない。まだ教団が『禁忌の毒』を所持している可能性もある。
「実は昨日、部屋の姿見から不穏な気配を感じ、破壊させてもらいました」
「す、姿見ですか?」
「はい、私と王太子にご用意いただいた部屋に入った時から、何者かに見られているかのような気配を感じておりました。気配の元と思われる姿見を破壊したところその気配は消えましたが、あの気配は間違いなく精霊のものでした」
国王はまさか、という感情を隠しきれず、顔に出てしまっている。大使も「破壊…!?」と言いたげだ。無断で王城の調度品を破壊した件については後々謝罪するとして。
「私も2人と共に確認いたしましたが、間違いありませんでした。あの姿見に宿っていた精霊にお心当たりは?」
「いえ。あの姿見はもちろんいわくつきの品ではないですし、そもそも精霊の力が宿るなどという話は聞いたことがありません」
結局、教団のことも、姿見のことも解決することなく会議は解散となった。
翌日から自由にルピナス国内を調査する許可を貰ったので、僕自身も街に繰り出して調査をしてみることにする。