1-第7章 二重人格
そして翌日
「・・・・と言うわけで、俺たちの初仕事は見事惨敗に終わった。・・・と。」
俺は淡々と昨日会ったことを例の日記に記録する。現在、異世会は会議中だ。(といっても杏奈が適当に昨日の報告をした程度で話し合いは終了。皆さん現在絶賛読書中である。)
日記を書くことは終了したが、その記入の際、書いていいのか迷ったことが一つ。
「・・・・・昨日の杏奈は、本当に杏奈だったのか?」
思いっきり矛盾したことを一人でほざいているのだが気にしないでいただきたい。いくら矛盾している独り言でも、言葉どおりの意味なのだから仕方が無いだろう。
昨日の杏奈はとてつもなくおかしかった。空気が変わったと言う表現が一番合うだろう。・・・いつもの穏やかな杏奈の雰囲気のかけらも皆無だった。
『うるさい、こっちは舐められてんだぞ?このままでいいわけがねぇ。』
『・・・・・ずいぶん舐めてくれるじゃねえか。道化の分際で、あたしにでけぇ口叩いてんじゃねぇ!』
『お前の弱点はここか?!頭か!それとも足なのかああ?!!』
今の台詞をお聞きいただけただろうか。これでもまだこの台詞を放ったのが杏奈だといえるお方は挙手を願いたい。そして『どらごんさんとぺがさすさん』を最初から読み直すことをお勧めする。まあ、俺の書いた日記な訳なのだから、文章がおかしいので読み直されるのも困るが。
話を戻して、あの豹変した杏奈が頭から離れない。困惑と言うより恐怖に近い感情が俺の中を渦巻いていると言うわけだ。そのせいで、朝からちゃんとしゃべれておらず、当の本人から不思議がられていたりする。
・・・まあ、ここで一人考えていても仕方が無い。今回の件について詳しそうな人を一人知っている。隙を見て話題を持ち出してみることにしよう。
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「それじゃあ、おさきにかえるね~♪戸締りよろしくぅ!」
部屋の扉を「うりゃっ!」と言いながら杏奈がかえり、続いて秀哉先輩が、「それじゃ。」と言って帰ろうとする、が、俺がつづかないところを見ると、強引に部屋の隅っこにひっぱていって、
「てめぇ、何考えていやがる?」
と、超怖い形相で話しかけてきた。
「何って、特に何も・・・・」
「俺が帰ったらお前は円香と二人っきりだろ?・・・・何を考えている?」
ほほう、嫉妬か。
「深読みしすぎですよ先輩。ちょっと話があるだけです。」
「話、だとぉ!?何の話だ?」
「そこまで聞きますか、先輩。何だかちょっと大人気ないですよ。」
「・・・うるさい。気になるから仕方ないだろ。」
おお、なんかかわいい。・・・だからと言って同姓には目覚めないぞ。
「ちょっと杏奈について聞きたいことがあるだけです。」
「・・・・・・・ほほう。」
「?どうしました?」
「杏奈について、ねえ?」
あ、やべ。こりゃもしかして・・・・
「あいつ可愛いもんなぁ。しょうがないっちゃしょうがないよなあ(チラリ)」
・・・・・いつの間にか攻守交替。
「そんなんじゃないっすよ!勘違いです、勘違い。」
「何を慌てているんだい?おじちゃんは何も言ってないよ?」
うっわむかつく~。だが墓穴を掘ったのは俺だからしょうがない。
「そういうことなら面向かって堂々と言いませんし、なにより女性の先輩に言ったりしません。」
「そう言われればそうだな。まあ、俺としちゃあ円香にさえ手を出さなきゃいい。それじゃあな。」
そう言って退散していった。・・・・・意外と面倒くさい先輩なんだな。
俺が部屋の隅っこから戻ってくると、
「意外と長かったわね。なにを秀哉と話していたの?」
と、とてつもない質問をされたので、
「なんでもないですよ?気にしないでください。」
と、精一杯のポーカーフェイスで答えておいた。だが、円香さんは勘がいい。怪訝な顔で、「そう?」と答えていたから、多分何かあったのだろう。と思っていることだろう。秀哉先輩、何か勘付かれていたらごめんなさい。
スッと、恐る恐る自分の席に座る。ちなみに席は、俺の隣に秀哉先輩、前が杏奈、で、その隣が円香さんであるため、今円香さんは俺の右斜め前に位置していて、紅茶(何処から出したのだろうか?)を飲みながら何か熱心に本を眺めているので、どんな表情をしているのか分からない。
さて、どう切り出そうか。昨日の杏奈のことを聞くのだから、別にやましくは無いのだが、円香さんが昨日の杏奈について知らなかったらと思うと切り出せない。なぜか急に豹変したなんて円香さんが知らなかったら、円香さんは杏奈のことを悪く思うかもしれない。ただでさえ仲のいい二人なのだ。こんな些細なことでその中に亀裂が入ってほしくない。
そんな俺を見かねてだろうか、それとも鋭い女の勘なのだろうか、円香さんから話を振ってきた。
「何か私に話があるんじゃない?だから残ったんでしょう?私もそう思ったからこんなに遅くまで残っているの。早く話して頂戴。」
なかなか的を射た発言である。やはり大人の女性は凄い。
「そうなんですけど・・・どいうっていいのやら。」
「・・・昨日あんちゃんになにかあったんでしょう?」
「うぅっ。」
図星。ここまでくると尊敬を超えて恐怖の念が出てくる。
「その顔を見ると図星のようね。」
「・・・はい。」
そう言って今までうつむいていた円香さんが真剣な眼差しで顔を上げた。
「玲ちゃんが出たのね。」
「?れい?」
だれだ、それ?
「これは個人情報だし、あんちゃんの人権に関わる話だからあまり話したくないんだけど、あなたたちパートナーだし、知っとくべきだと思うから話すわ。」
そいうって、パタンと本を閉じた。何も挟んでいなかったけど、ページは分かるのだろうか。と、素朴な疑問が浮かんだ。
「あんちゃんには昔、とっても優秀なお姉さんがいたのよ。」
昔・・・?
「じゃあ今は?」
「・・・・亡くなっているわ。」
・・・・・予想通りの答えだった。
「優秀、といっても、そんな言葉じゃ収まりきらない人だった。私より2つ年上なんだけどね、言動、行動は子供のくせに、やることなすことがものすごい人だった。3歳でヴェートーベンの『運命』がピアノで弾けちゃったし、6歳で5ヶ国語くらいは軽く話せていし、8歳で大学卒業しちゃってたわ。いわゆる、神童ってやつね。」
そんなすごいひとがこの世に存在していたのか。正直びっくりどころではない。
「その人の名前が、如月玲。将来有望と謳われていた人だった。あんちゃんも優秀な子だけど、人並みに、と言う点では優秀。でも、お姉さんは桁が違う。大人たちの目はいつの玲ちゃんに向かっていたけど、二人はとても仲がよかったのよ。穏やかなあんちゃんと、ちょっと過激な玲ちゃんが逆に気があったようね。」
そこで一呼吸おいてまた話す。
「でも今から5年前、交通事故で玲ちゃんは亡くなった。それは神童と呼ばれる子を失ったのだから、学会とか、日本だけじゃない、世界のお偉いさん方がかなりのショックを受けたの。その時代わりにされたのがあんちゃん。でも、あなたなら分かるでしょう?あんちゃんはそんな子の穴埋めが出来るような人間じゃないって事くらい。」
「・・・・はい、そうですね。」
「そう、もともと玲ちゃんの代わりをあんちゃんにやらせるって子と自体間違っていた。・・・・でも、
学会から出された難題を、いとも容易く解いてきちゃったのよ、あの子。
それはそれはお偉いさん方驚いたらしいわ。何背絶対解けるはず無いと一部の人は思ってたくらいだったから。」
「・・・・・」
「そのときあんちゃんは、どうしてこんな難題解けたのって質問に、こう答えたの。」
『え?私が解いたんじゃないよ?私の中の玲ちゃんが解いたんだから、出来て当たり前だよ?』
「!」
私の・・中だと?!
「わかった?」
「でも、杏奈自身が嘘をついたとか・・・・」
「そうね、それも考えた人たちは、色々調べたらしいわ。中には姉絵さんを失ったショックで少しあたまがおかしくなっているのでは?と考えて、精神科へ連れて行った人もいたくらいだったらしいわ。そうして出た答えが一つ。
如月杏奈の中に、如月玲はいた。」
「・・・・」
ああ、驚くしかなかったさ。死んだ奴が生きている奴に乗り移る(?)なんて話、普通の人なら信じられん。・・・もう人外に会っている奴が言う台詞じゃないが。
「といってもそれはあんちゃんの思い込みってことで処理されたらしいわ。いわゆる、二重人格ってやつね。いるはずも無い姉のことを幻覚で作り出すって話らしいのだけど、私はその意見に反対するわ。」
「?なんでですか?」
「だって、ねぇ。あなたも玲ちゃんに会えば分かるわ。」
「会う・・・ですか?」
「ええ、これを使ってみて。」
そういって、円香さんが差し出したものは・・・
「オセロ、ですか?」
「ええ、玲ちゃんは勝負事が好きだから、きっと出て(・・)くる(・・)と思うわ。」
はあ、なんか本当に杏奈はびっくり人間だな。・・・いろんな意味で。
「分かりました。やってみます。」
「ええ、ぜひそうして頂戴。・・・はぁ、久しぶりにこんなに長くしゃべったわ。私普段はもっと静かなんだけど、あんちゃんのことになると夢中になっちゃって。」
「・・・本当に仲がいいですね。」
「ふふ。だって私とあんちゃんだもの。それじゃあ、しゃべって疲れちゃったから帰るわね。アデユ~」
なんか円香さんっぽくない挨拶をして帰っていった。
しかし、二重人格と来ましたか。杏奈まどかさんの大演説のあった後だからなんともいえないが、そんなことが本当にあるんだなあ。姉さんの霊が取り付いているんだか何だか知らないが、今日はびっくりしまくりだ。・・・まあ、検証実験として、明日早いうちにこのオセロでも持ちかけてみるとするか。
☆★☆★☆★☆★☆
「おい、杏奈!!」
「ん?なに?」
翌日。
昨日のまどかさんの話しを確かめるべく、登校途中の杏奈に話しかけてみる。
「少し話があるんだ。朝のうちに資料室のほうへ来てくれないか?」
「ふぇ!?は、はは、話って、なななな何かな?かな?」
「おい、某雛○沢住人っぽくなっているぞ。」
急に慌てだして、顔も赤くなっている。・・・・・
「具合でも悪いのか?」
「べっ、別になんでもないよ?お話って何?」
「ああ、来れば分かるさ。」
「うん、わかった。」
そう言って杏奈は走り出してしまった。・・・・なんだかなあ。
☆★☆★☆★☆★☆
「雄一君いる~?」
ギギギッと、立て付けの悪い扉が開く。思ったより早く来てくれたようだ。
「ああ、いるぞ。」
「今行くねー」
とててて、と、効果音の出そうな走りでこちらに来る。
「誰もいなくてよかった。」
「で、はなしって?」
なんとなくもじもじとしている杏奈が尋ねた。朝からおかしい奴だな。
「俺とこれをやってもらう。」
そう言って例のものを差し出す。
「オセロ?」
杏奈の顔は少し残念そうだ。
「オセロは嫌か?」
「ううん!そんなことないよ。ただちょっと予想と外れただけ。」
「予想?」
「!!!!っ な、なんでもないんだからっ」
急にツンデレさんになったぞ。
「じゃあ、俺とオセロで勝負だ。」
「勝負?」
「そうだ『勝負』だ。」
杏奈はじっとオセロを眺めていたが、急に周りの空気が変わったのは俺にもわかった。
「ふぅん、こんなちゃっちいものであたしに勝負を挑むだなんて、命知らずにもほどがあるぞ、雄一。それともあたしを舐めているのか?」
出た。これが円香さんのいう、如月玲と言う奴だろう。
「オセロ、ねえ。久しぶりに耳にするなあ、その単語。」
杏奈の雰囲気が一切無い。全く持って別人な雰囲気なのだが、容姿がそのままなので何か変な感じがする。
「おまえが、玲か。」
「へえ、あたしの名前知ってるんだ。誰から聞いたんだ?」
「円香さんだ。」
「ああ、杏奈が気に入っている先輩のことか。あの先輩、親切でいい奴だよな。」
杏奈が人事のように杏奈のことをしゃべっている。・・・凄くシュールだ。
「じゃあ、おっぱじめようぜ。あたしを舐めた罰、重いぞ?」
「望むところだ。」
そういって、神童、玲となんだかんだでオセロ勝負を始めた。
現在、3連敗(内2分で俺の黒色が知らないうちに置けなくなっていた試合が2つ)である。わあ、オセロもうしたくねー
「あーあ、つまんね。自分から持ち出しておいたくせによぉ。」
「・・・・ここまで強いとは思わなかった。」
「ははははっ!舐めた罰だ、舐めた罰。」
「所詮一般人は神童にかなわないってか。」
がっくりと肩を落とす。が、なにかいってくるかと思ったら、玲のほうが黙ってしまった。
「どうした?」
「いや、あたしと杏奈についてなんだが、詳しいことは円香から聞いてると思うから何もいわねぇが、今こうやって話している記憶は杏奈のほうへいかねぇし、杏奈の記憶もこっちへは来ねぇ。ただ、思いだけは伝わるんだ。お前はいい奴っぽいから、あたしのいない分、あいつの相手、頼むぞ。」
「・・・・」
「なんだかんだ言って心配なんだよ、あいつ、ちょっといろんなところ抜けてるしさ。」
そう、今は妹の体の中にいるが、こいつもれっきとしたお姉さんなのだ。妹が心配なのは当たり前。
「どうしてあたしが死んだときにこうなっちまったのかはわからねぇ。だが、このままじゃほっとけねえって杏奈の事を死ぬ直前に思ったのは今でも鮮明に覚えている。たぶん、そのせいなんだろうな。あたしのせいで杏奈には色々迷惑かけてるんだけどさ。」
色々考えてやっているだな。
「あ、頼むといったって、あんまり深い関係にはなるなよ、特に体なんてあたしもいるんだから言語道断な。」
「ぶっ!!」
思わずはいてしまった。
「お、おまえなあ。」
「ともかく、あたしは引っ込むから杏奈をよろしくな。」
「・・・ああ。」
如月玲。それは妹を想いすぎて未だ地上に残ってしまっている霊か。・・・べつに玲と霊をかけているわけじゃないからな。
「へえ、お姉ちゃんとお話してたんだ。」
こっちはいつもの杏奈に戻っている。
「よくわかったな。」
「だってオセロした記憶が無いのにいくつも並んでるもん。」
「そういえばそうだな。」
如月玲は存在する。消して杏奈の幻覚ではないと俺は思える。杏奈はっきりとした人の思いを、「二重人格」と言う言葉で片付けてほしくない。
「なあ、杏奈。」
「なに?」
素朴な疑問を一つ。
「お姉さんの事、好きか?」
それに笑って杏奈は答える。
「大好きだよ。当たり前じゃん。そんな質問をするほうがおかしいよ。」
「・・・そうだったな。」
「わ!HRはじまっちゃう!いくよ雄一君!」
「ああ。」
そういえば玲は俺の事を雄一と呼んでいたな。記憶はないのにそのくらいは分かるんだな。想い、とかいうやつで。
大好き、かぁ。
よかったな。お姉さん。