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和を以て明王を制す  作者: ラー油


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29/31

29.奨励会員としてのプライド

 「…………」

 「ありがとうございました」

 美鈴からの言葉がなかったので、僕が口を開く。

 僕は86手目で美鈴との対局に勝利し、頭を下げる。

 対局時間は一時間ほどだ。

 居飛車対面の展開となり、特に危なげなく勝利した。

 途中の失着で差が開いた一局だった。

 美鈴が特別弱いとは思わない。

 ただ勝利に対する貪欲さを感じない。

 少なくとも命を賭けているとは思わなかった。

 「ねえ美鈴、悔しい?」

 「悔しいに決まってるでしょ!それとも何、私が女だからって真剣にやってないって言いたいの!?」

 「言わないけど、本気だとは思わない」

 俺はそう言うと対局時計をリセットして見せる。

 「だからもう一局指そうか」

 俺がそう言うと美鈴は不満そうな顔をする。

 お情けはいらない、だとか思っているのだろうか?

 甘いな。

 「勘違いしないでよ、こんなつまらない対局だけして帰るのは僕が嫌だからなんだ」

 僕はそう言って声を低くする。

 「想像してみなよ、奨励会試験の一次試験で同じ受験生を蹴落とし、そして二時試験で対局する相手が僕。絶対に負けられない対局でしょ?」

 僕が今まで重圧に殺されそうになった対局は何局かある。

 まずは師匠との最初の対局。

 あれは弟子になれるか決まる重要なものだったし、プロ相手というのもあって緊張しっぱなしだった。

 だけど僕の中で一番プレッシャーがかかった対局は奨励会二次試験だ。

 ここで落ちれば一年の停滞が確定し、康誠に置いていかれ、和奏との約束を破ってしまう。

 それに学年の近い相手に殺気を向けられる恐怖。 

 試験特有のものだ。

 「二次試験は例会の一部にみなされる。奨励会員にとっても負けられないのは分かるよね?」

 受験者に負けるわけにはいかないという思いと、例会として適応される一勝の重さがあった。

 生半可な気持ちでは立ち向かうことすら出来ないプレッシャー。

 僕との対局なんて練習試合のようなものだと思っているなら、改めてもらう。

 「さて、己の全てを懸けて指そうか」

 俺はそう言って対局時計を押して対局を開始する。

 ここまで言って伝わらないならしょうがない。

 勝敗は関係ない、どうせ僕が勝つ。

 僕だって奨励会試験前まで真剣勝負というものを知らなかった。

 それでも生半可な気持ちで竜王を目指していない!

 僕は心の中でそう叫ぶと集中し、相手を殺す気持ちを入れる。

 あぁ、奨励会二次試験の対局相手もこんな気持ちだったんだ。

 こんな甘い奴に死んでも負けたくない。

 僕は自然と指先に力が入り、駒を指す時の音が大きくなる。

 角道を開けた後、美鈴は四筋を開ける。

 一局目とは異なる展開に、思考を止める。

 振り飛車の方が得意なのか?

 僕はそう思って顔を上げると、違うことが分かる。

 美鈴の表情は強張り、瞳孔が動き、落ち着きがない。

 怖がっている。僕は直感的にそう理解する。

 美鈴の思考を読むとしたら、さっき負けた居飛車じゃ、また負ける。だろうか?

 痛々しい姿に頭が冷静になってしまう。

 だが、すぐ表情を引き締めて、心を対局に戻す。

 ここで負けたら本末転倒だ。

 美鈴はオーソドックスな四間飛車で、僕は居飛車で迎え撃つ。

 四間飛車と居飛車は同じ方向で攻め合い、囲いの位置が同じになる。

 簡単に銀が飛車の道に睨みを効かせるので、急戦模様になることが多く、一気に戦況が変わる大味な対局も多い。

 暴れが有効になる場面も多く、完璧に読まないと事故ることが多い。

 手番は進み、筋は違えど飛車を向かい合わせて戦う。

 銀を相手に合わせて動かし、自分が有利になるように盤面を動かす。

 盤面は終始僕が有利に動いていく。

 それは美鈴からキレが失われたからだ。

 思考時間は長いが、手に迷いがある。

 自信を持って指していないから方向性が定まらず、宙ぶらりんな戦局となる。

 対局時間は一時間半、82手で僕の勝利となった。









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