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和を以て明王を制す  作者: ラー油


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24/28

24.少女Aの記憶

 ピティナ・ピアノコンペティション。

 全体の参加者は四万組以上にのぼり、小学生の参加者が多いことが特色だ。

 その理由として挙げられるのはレベル分けが豊富である点。

 私は今日、E級のコンペティションの全国大会に出ようとしている。

 私は制限ギリギリの高校一年生だけれど、なんとか全国大会まで出ることができた。

 ピアノというのは顔負けな演奏をする子がわんさかいて、私もギリギリ全国大会に出れた感じだった。

 そして顔負けを象徴するような女の子が目の前にいた。

 その少女の名前は小鳥遊和奏。

 お母さんが外国人のハーフの女の子で、堀が深い顔で綺麗だった。

 自分の顔とは比較にならないほど端正な顔つきだ。

 そして日本人とは違う澄んだ水色の目は特別な存在であることをアピールしているかのようだった。

 私がそんなことを考えていると、和奏ちゃんと目が合う。

 その水色の目を見た瞬間、吸い込まれるような錯覚に陥り、慌てて視線を背ける。

 「あ、ごめんなさい」

 勝手に見といて拒絶するように視線を逸らすなんて、失礼に決まっていた。

 それに和奏ちゃんのお母さんから鋭い視線が飛んできた。

 明らかに嫌悪を示すものだった。

 私は慌てて謝罪の言葉を口にする。

 「ふふ、気にしないでください」

 焦った私に和奏ちゃんは優しく微笑んで、そう言ってくれる。

 その姿を見て私は呆然としてしまう。

 てっきり和奏ちゃんはクールな感じで、言い方が悪いが機械的な子かと思っていた。

 私は一度和奏ちゃんの演奏を聴いたことがあるけど、一切表情を変えずに淡々とピアノを弾いていたのが印象的だった。

 そしてその演奏は圧巻の一言だった。

 曲の意図に異常なまでに沿って、嫌でも聴き手に分からせてくるのは凄いを通り越して怖かった。

 だって強制的に情景やシチュエーションを理解してしまうのだ。

 寸分の狂いさえない演奏は狂気的だった。

 どれだけ弾き続けたらその次元に達するのか想像ができなかった。

 私は正直言って和奏ちゃんに白旗をあげている。

 積み上げてきたものが違うことなんて明白だった。

 それでも私は今日勝ちにいく。

 和奏ちゃんとは異なるピアノで表現をするのだ。

 私が持つ唯一の武器で誰よりもいい演奏をする。

 そんな決意表明を心の中でしていると受付が始まる。

 私もお母さんと一緒に受付をすると参加票に演奏番号が書かれる。

 私の番号は五番で真ん中の数字になった。

 私は五番という数字を見て一安心する。

 演奏順で何か変わるわけではないが、トップバッターと最後はどうしても緊張する。

 会場に向かうと参加者の演奏順が書かれた掲示物を見つける。

 私の前後を見てみると、私の後の六番目が和奏ちゃんの番だった。

 この事実に私は少し安心していた。

 和奏ちゃんの後に演奏するのは嫌な気持ちがあった。

 館内を歩いて控え室に行くと他の参加者を見つける。

 どの子も私よりも年下だが、侮ってはいけない。 

 ピアノは年齢なんて関係ない。

 才能と努力と根性がそのまま実力に反映される。

 そんなことを考えながら私は楽譜を開いて改めて曲に向かい合う。

 私が持参している楽譜は本番用のものと、大きくコピーしたものの二つがある。

 大きくコピーした方は曲の解釈や、どんな心情で作曲されたのか背景が記載してある。

 私は演奏する曲を、作曲された背景から深く理解したいタイプだ。

 そこには明確な作曲者の想いがあり、演奏を通じて私に語りかけてくる。

 例えば妹の結婚式のために作られた曲なら祝福と家族愛がある。

 そして曲の節々に思い出の場所の風景や祝福をする表現がある。

 私はどんな場所が思い出なのか調べて演奏する。

 私はその場所を知らない人でも想起できるような演奏がしたい。

 聴き手に伝えたいんだ私の大好きな曲を。

 時間はあっという間に過ぎて、運営の人に呼ばれて舞台のわきに移動する。

 私の一つ前の演奏は途中から聞いていたが凄く上手だ。

 私の手に汗が滲むのがわかる。

 私は一度大きく息を吐き出すとステージに向かって歩き出す。

 劇などと違い照明が強いわけではないので、どこか淡々としている。

 一度お辞儀をしてからピアノに座る。

 椅子を調節して鍵盤に指を乗せる。

 肩の力を抜いてゆっくりかつ丁寧に指を動かす。

 『平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第13番 前奏曲とフーガ BWV 858 嬰ヘ長調』

 嬰ヘ長調は六個のシャープのことで、この曲はシャープが多い曲調だ。

 黒鍵を六つ使うことで曲が滑らかで美しいものになっている。

 この曲は明確に技術力がわかる曲で、音の強弱が試される。

 弦楽器の場合は力の入れる加減によって強弱を調節できるが、ピアノは鍵盤を押し、ハンマーが弦を叩いて音を出す仕組みだ。

 そのため奏者がどれだけ力を調節しようと強弱は同じになる。 

 だからピアノは音量などをハンマーが弦を叩くスピードによって調節する。

 ハンマーが弦を叩く威力はスピードによって決まり、そのため鍵盤を押す力と言うより鍵盤を押すスピードが重要となる。

 ゆっくりと鍵盤を押すことでハンマーのスピードが遅くなり、音が弱くなる。

 鍵盤を押す力とスピードは似ているようで全く違う能力だ。

 ゆっくり押すのと弱く押すのは思ったよりも違い、ゆっくりと押す時は待っているような感覚で慣れない。

 私は黒鍵を丁寧に強弱をつけて演奏をする。

 親指の黒鍵は技術的に難しく、押し損じることが多いので気をつける。

 さらに最大の注意点として、この曲は縦割りの音楽になりがちだ。

 縦割りの音楽とはピアノでいうと右手と左手の音が同時に鳴ることだ。

 つまりタイミングを合わせることだけに意識が向いている音のことで、音の重なりが強くなる。

 もちろん縦割りの音楽がダメというわけではない。

 音の重なりが強いことで響きが強くなり、力強い音になる。

 ただこの曲は横に流れる音楽だという話だ。

 前奏曲の特徴として分散和音が多いことが挙げられる。

 分散和音は複数の音を同時に鳴らさずに分けて演奏する和音のことだ。

 つまり連続した音になり、縦割りとは相性が悪い。

 分散和音によって和音を保ったまま音が横に流れていく。

 つまりこの曲は横に流れるように弾く必要がある。

 右手と左手の音に強弱をつけて曲に流れを作る。

 特に難所となっている部分は右手がメインで伸び伸びしている場面で、左手で拍を刻まないといけない場所がある。

 拍という一定のリズムを弱く弾いて右手の音の流れを強調する。

 これがかなり難しい。

 でも練習を重ねればできるようになる。それは黒鍵を使っているからだ。

 白鍵と比べて黒鍵は奥にあり、高さもある。

 白鍵よりも指を立てやすいことから強弱が比較的つけやすい。

 私のように指が寝る白鍵の方が苦手の人が多い。

 そしてシャープは和音を消してしまうことが多いが、作曲者であるバッハは実に美しく仕上げている。

 私は黒鍵を丁寧に押して演奏をする。

 親指の黒鍵は技術的に難しく、押し損じることが多いので気をつける。

 私は全てのシャープの音がより聞こえるように映えるように弾く。

 今、全ての音が等しく演奏できることに感謝をする。

 バッハの時代は調律の方法として純正律と中全音律の二つがあり、主に使われていたのは中全音律だった。

 中全音律は技術がまだ発展していない、およそ15世紀~19世紀に使われていた調律方法で、よく使われる音は美しい音が出るが、使えない音がある方法だった。

 特にシャープやフラットは使えないことが多く、とてもじゃないがこの曲は演奏できない。

 そこで現れたのが現在で最も使われている平均律という方法だ。

 1オクターブを12分割し全ての鍵盤で同じ響きが得られる。

 わずかに和音が濁ったりするが全ての音が使えるのは画期的だ。

 そして平均律という新しい調律の音楽的な有効性を広めるのに貢献した人物こそ、バッハであり平均律クラヴィーア曲集だ。

 今では聞きな慣れたこの曲調も当時の人にとっては新しく画期的な音楽だった。

 平均律という新しい音を広めるにあたって重要なことは、全ての音が等しく使えるという点だ。

 つまり特定の音を誇張せずに等しく自然に弾く意図があると思う。

 そして新しい技術を誇示するためではなく、価値は等しいのだと伝える必要がある。

 私は強弱に気を付けて横の流れを生み、シャープを誇示せずに全ての音を響かせる。

 これが平均律、私達にとっての当たり前の音。

 そう当たり前でいいのだ、この音が当たり前で普遍的になったことこそに意味がある。

 目立たなくていい。

 ただ聞き慣れた美しい音楽であることが最大の賞賛だ。

 約四分間の演奏を終えて私は鍵盤を離し、膝の上に置いてからもう一度鍵盤に手を乗せる。

 『ピアノ・ソナタ 第9番 ホ長調 Op.14-1 第1楽章』

 ホ長調はホのを主音とし、ファ・ド・ソ・レの四種類のシャープがあるのが特徴で、明るく爽やかな曲調になることが多い。

 跳躍感のある曲の出だしから始まり、和音を綺麗に弾いて安心感のある爽やかな世界を演出していく。

 ソナタ形式と呼ばれる曲は三部構成で書かれている。

 まずは曲の主題を決め、世界観や性格を作り、曲の物語の導入をする提示部。

 その次に提示部によって作られた物語の場面が動き出していく展開部。

 イメージでいえば起承転結の承と転だ。

 冒険を開始したり、敵が現れてクライマックスまでを表現するのが展開部だ。

 最後に結末を示すのが再現部になる。

 私が一番丁寧に弾きたいのは展開部だ。

 物語の導入が面白くないと見られないのと同じように始まりは大事だ。

 展開部には第一主題と第二主題の二つに分けられ、第一主題はホ長調だが、第二主題はロ長調に変化する。

 ロ長調はロのを主音とし、ファ・ド・ソ・レ・ラ にシャープがつく。

 ロ長調はホ長調に一つシャープを加えたもので親密な関係にあり、音も似ている。

 つまり自然に転調できるので不自然さがなく、安心感がある。

 展開部の長さは約35秒ほど、割合が第一主題が10秒、第二主題が25秒ほどになっている。

 第一主題で爽やかな軽快さを演出し、第二主題で転調することで音楽的に選択肢を広げ、穏やか曲調にすることで安心感を与える。

 爽やかさの演出のために横に流す必要があり、強弱に気を付ける。

 第一主題で手を交差する瞬間は特に気を付ける。

 ここで外すと軽快さが出ずにどこか大きな音で重い空気になる。

 左手の強弱に気をつけて右手の音を聞こえるようにする。

 注意するところを無事に越えると展開部に差し掛かる。

 展開部になると主調を離れて転調を繰り返していく。

 ロ長調のように近しい調に移るだけだが、曲調が大きく変わって緊張感が生じる。

 劇的な変化ではないが不安を感じるには十分なほど曲に変化がある。

 ただ穏やかな曲調を無くしてはいけない。

 似ている調への転調ということは大きな変化ではないのだ。

 急に魔王が現れたわけでも、誰かが殺されたわけでもない。

 例えば髪をロングからショートに変えたとか、眼鏡をコンタクトに変えたとかそんな小さな変化が多く散りばめられている感じだ。

 だから安心感のある世界観は残さないといけない。

 曲が走らないように落ち着いてゆっくりと弾いていく。

 特定の音が大きくなると一気に落ち着きがなくなるので和音を聞き分ける。

 これがかなり難しく、何度も重い空気にしてしまった。

 でも今は大丈夫。

 私には聞き慣れた音で全てが聞き分けられる。

 音を不自然に上げないように全身を使って調整する。

 この曲に劇的な変化はいらない。

 平和な世界で些細な変化に一喜一憂するぐらいが心地いい。

 そして再現部、結末へ到達する。

 再現部は提示部と曲調がほとんど同じで第一主題と第二主題が存在する。

 ただ大きく異なる点としてどちらもホ長調で演奏しないといけない点だ。

 これは始まりの音と同じにすることで戻ってきた感覚を生むためだ。

 これによって起こることは、ホ長調で第二主題を弾いているのにロ長調に寄ってしまうことが挙げられる。

 ロ長調で曲を終えると戻ってきた感覚が失われて、曲の締めがおかしくなる。

 転調しないということは主調を大切にしないといけない。

 些細な変化はやがて当たり前になって穏やかな生活が始まる。

 左手の音を大切にし、落ち着きの中に爽やかさを内包させる。

 最後に優しい連符を弾き切り、鍵盤を離す。

 膝に手を置いて気持ちを整える。

 右手に意識を置いて再び鍵盤に手を乗せる。

 『15の練習曲 Op.72 より 第6番』

 モシュコフスキーが作った15の練習曲はロマン派の高度な技術を獲得するために作られた曲で、練習曲の中では中級ほどの難易度だ。

 E級の課題曲の中にモシュコフスキーの曲は四曲ある。

 15の練習曲 の内の第1番,第2番,第6番,第11番の計四種類。

 難易度が最も高いのが第6番で、最も易しいのが第1番と第11番だ。

 ただE級の課題曲の中では中の下の難易度だ。

 課題曲に含まれるショパンの練習曲のいくつかは次元の違う難易度だ。

 もう一段階上を目指すことをは可能だったが、練習時間を考えると他の完成度が落ちると判断した。 

 正直言って高校生なら技術的に弾けるべきな気もしたが、変なプライドは捨てるべきだろう。

 それにこの曲だって十分に難しい。

 開幕から右手の高速の16分音符で始まり、以降途切れることはない。

 途切れるという表現には少し語弊があり、音を単体にしてはいけず線のようにつなぐ必要があるのだ。

 音を繋ぐ方法としてペダルが用いられるが、この曲でペダルの多用は厳禁だ。

 ペダルは響く弦を増やしたり、減らしたりして音を延ばし、響きの強弱を生む。

 ただ響く弦を調節している関係で音が混ざる。

 この曲はペダルを使わずにも弾けるが、ペダルを使うことで音に厚みを増やし、自然に音を使うことができる。

 私がこの練習曲にした理由でもある。

 モシュコフスキーの練習曲は高度な技術と表現力が求められ、音楽性の向上が目的だ。

 難易度はショパンの練習曲への繋ぎとしての役割が強い。

 この曲で求められるのは右手の技術で、力で弾くのではなく、脱力した状態で手首回して引くのだ。

 手首の柔らかさが求められ、日々の柔軟や鍵盤を用いて可動域を広げたりといった積み重ねが必要だ。

 そして手首の回転は手首を弾いたり、落とす動きの中で自然に行う。

 同じ和音を使う場面も多く、単調にならないように強弱と緩急をつける。

 曲の長さは約二分で、右手の耐久レースだ。

 今回演奏する四曲の中で最も密度の高い演奏を終える。

 両手を膝に置いて自分の状態を確認する。

 右の手首と肩が重く、一気に疲労感が押し寄せてくる。

 この曲を最後にする選択肢もあったが、後半で失速した時の不自然さを考えると四曲目にはおけなかった。

 今一度気合を入れなおすと、鍵盤の上に両手を乗せる。

 『《ピアノのために》より プレリュード 』

 《ピアノのために》はドビュッシーが出版した本格的なピアノ独奏用組曲だ。

 ピアノ独奏は名前の通り、一つのピアノで演奏される楽曲のことだ。

 そして組曲は性質の異なる楽曲や楽章をまとめて一つの作品としたもの。

 つまりピアノ独奏用組曲は一つのピアノで演奏される性質の異なる楽曲や楽章をまとめて一つの作品とした楽曲のことだ。

 ピアノの組曲の構成は時代によって変わり、ドビュッシーの場合は、プレリュード,サラバンド,トッカータの三曲で構成される。

 私が三曲の内選択したのは前奏曲と訳されるプレリュード。

 プレリュードの楽譜で指示されていることは「かなり生き生きと」。

 そしてペダルの指示やアクセントの指示も多く、雰囲気で弾くような曲ではない。

 ドビュッシーが作曲した楽曲の内、曲調は大きく二つに分けられる。

 1890年代の前半と後半で曲調が変わり、ロマン派的な曲調から離脱し、印象派と呼ばれる曲調に変化した。

 印象派というのは主に画家によって生まれた流派で、瞬間的な光や色を重視し、日常をリアルに描く手法だ。

 印象派の特徴としては明るい色を用いることが多く、明るい絵が多い。

 一瞬の印象を描くことから輪郭をぼかし、それが臨場感を生む。

 そしてこの印象派をピアノに持ち込んだ人物こそドビュッシーで、印象派音楽の父と呼ばれている。

 絵画の特徴と同様に印象派の音楽は色彩豊かで音色の変化に富んで、ペダルを使って響かせる。

 印象派の音楽は調が曖昧で、曲の輪郭を掴みにくい。

 全音音階で作られた楽曲は半音が無く、半音進行ができないため音同士の繋がりが薄くなる。 

 ただ全音で固定することで同じ性格の音で構成され、それが様々な色があるように聞こえ色彩豊かな音になる。

 印象派の音楽は曖昧で終わりを明確にしてはいけない。

 だって日常の一瞬の風景を表現するのが印象派なのだから。

 力強く、芯のある楽曲は印象派という新しい楽曲への挑戦する気持ちを感じる。

 激しい曲調ながらも、しっかりと制御された和音を弾き切る。

 両手の動きを止め、ピアノの僅かな響きさえ消えた完全な沈黙が訪れる。

 訪れた沈黙は大きな拍手によって破られる。

 近くにいる人の表情を見ると余韻の残るような表情をしている。

 私はその表情を見て満足する。

 そして改めて私は聴いてくれた方々に頭を下げる。 

 ステージの右側へ退場すると、私はもう一度ステージを見る。

 少し名残惜しい気持ちと、和奏ちゃんが気になったのだ。

 すると入場をしようとしている和奏ちゃんと目が合う。

 最初は目が合ったと私が勝手に思ったのだと感じだが、どうやら違うらしい。

 和奏ちゃんは楽しそうに微笑むと私に向かって一度頭を下げる。

 身に覚えのない行動に私は慌ててしまい、勢いよく頭を下げる。

 その仕草がおかしかったのか、和奏ちゃんは少し笑う。

 和奏ちゃんは一度胸に手を当てて息を吐くと表情を整える。

 その表情は決意に満ち溢れていて、オーラがあった。

 そして何よりも楽しみにしているのがわかった。

 和奏ちゃんは気負いも緊張も感じられない堂々とした姿勢で歩き始めると、観客の方々に頭を下げ、ピアノの前に座る。

 私の演奏後で椅子が高いので調整をしている。

 和奏ちゃんは調節を終えて椅子に座ると両手を膝に置く。

 『平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 ハ長調 BWV846』

 和奏ちゃんの一曲目は私と同様に、バッハが作った平均律クラヴィーア曲集 の楽曲だ。

 私が演奏した『平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第13番 前奏曲とフーガ BWV 858 嬰ヘ長調』との違いは調だ。

 嬰ヘ長調が全て黒鍵なのに対し、ハ長調は全て白鍵の音で構成される。

 求められる技術は私が演奏した方がかなり高いが、完成度を上げるとしたら和奏ちゃんの方が難しい。

 それは全て白鍵の音を使って強弱を生み、透明感を表現しないといけない。

 弾くのは簡単でも、表現するのが難しい。

 和奏ちゃんが演奏を初めて二十秒ほど経った頃、私は息を忘れるほどに聞き入っていた。

 夜の月を想起されるような重厚で荘厳な透明感が私の全身を支配していた。

 速い曲ではないので一音の濁りすら目立つこの曲で、あまりにも正確な音に圧倒される。

 ほんの些細な強弱の違和感もなく、機械のような正確さ。

 それなのに、曲に寄り添う真摯さが内包されている。

 どれだけ一音に神経を尖らせているのだろう?

 私にはここまでの完成度は出せないだろう。

 あっという間に演奏が終わると和奏ちゃんは一度膝の上に両手を置く。

 そして再びゆっくりと鍵盤に両手を置くと、幻想的な雰囲気から緊張感が秘められていく雰囲気へと変わる。

 『ピアノソナタ第17番 第3楽章』

 通称『テンペスト』と呼ばれるこの曲はE級課題曲の中にあるベートーヴェンの曲の中で1,2を争う難易度だ。

 テンペストは英語で暴風雨を意味する言葉で、暴風雨を想起させる不安で激しい音。

 テンペストで求められる要素は持久力と、多くの転調を操る構築力だ。

 テンペストは右手が絶えず16分音符を刻み、暴風雨の前に進むエネルギーを演出する。

 左手で転調をおこない、暴風雨に迫力と緊張を付与する。

 そしてテンペストの指示はアレグレット。

 アレグレットの意味はやや速く。

 テンペストの長さは奏者のテンポによって少し差が出る。

 私は演奏が始まると同時に体内にあるメトロノームを動かしていた。

 「……104?いや、106だ」

 和奏ちゃんがテンペストを弾いている速度は一分間に106の四分音符。

 一流のピアニストが弾く速度がBPM112ぐらいなことを考えると十分に速い。

 そしてテンペストの難しいところは曲の長さが6分以上ある点だ。

 右手で16分音符を絶えず刻み、暴風雨が流れる推進力を出さないといけない。

 ただ右手で弾くだけではなく、横に流す為に重い音を出してはいけない。

 脱力をし、手首を回して鍵盤を軽く押す。

 深く押すと暴風雨は大きく失速する。

 左手は転調のたびに変わる和音を見極めて暴風雨を形作る。

 右手に負けると弱い暴風雨になる。

 私は演奏が始まってからずっと風が勢いよく吹き抜ける感覚に襲われる。

 私が震えているのか、和奏ちゃんの演奏に圧倒されているのかわからないが、室内なのに風を感じるのだ。

 緊張の深さと部分的な解放からの緊張への戻り。

 一切の無駄がなく、暴風雨から逃げる隙を見せない大自然の恐ろしさが余すことなく伝わってくる。

 6分間の嵐が駆け抜けるとホールから一切の音が消える。

 しばらくして大きく息を吐く音が聞こえる。

 ホールにいる誰もが息をすることを忘れていた証拠だった。

 観客が現実に戻ってくると同時に和奏ちゃんの膝から両手が離れ、三曲目が始まる。

 『ひなぎく Op.38-3』

 三曲目に演奏されたのは近現代の枠である、ラフマニノフによって作曲されたひなぎくだ。

 これまでに演奏した二曲と比較すると難易度は大きく下がるが、ひなぎくの魅力は別のベクトルにある。

 それは成熟した音楽でないといけない点だ。

 ゆっくりとした流れにヘ長調によって生まれる柔らかくあたたかい音色。

 強い輝きではなく、蛍の光のような淡く滲む輝き。

 暴風雨が通り過ぎた後の易しくほのかに光る輝きに心が落ち着いていくのを感じる。

 全てを照らす光ではないが、見たものだけを照らす光は時に太陽よりも明るく感じる。

 寄り添い、光を与えるような音色に感動する。

 三曲目の演奏が終わり、残るはロマン派の曲となった。

 私の頭にはどこまで難易度を上げてくるのか、という疑問が生じていた。

 ロマン派の課題曲は練習曲がほとんどで、難易度に大きな差がある。

 正直言って四曲目にもなると疲労感でパフォーマンスが落ちる。

 私の予想だと最初の二曲に集中して、残りの二曲で難易度を落として完成度で勝負する気がする。

 今までの三曲の完成度を考えると守りに入っても十分すぎる。

 正直言って私は負けたことをほとんど確信しているし、和奏ちゃん以上の演奏ができる人がいないことも分かっている。

 ただ断言しないのはロマン派の曲が残っているからだろう。

 練習曲とあるように、ピアノを弾く人にとって必須な技術が込められている。

 だからピティナにおけるロマン派の曲は少なくない影響がある。

 次でこけると表彰台すら怪しくなる。

 驚嘆や感嘆だったホールの沈黙が懐疑的で不穏なものに変わる。

 観客の誰もが和奏ちゃんの一挙手一投足に注目している。

 特に目が行くのは膝の上に乗った両手。

 ピアノは鍵盤に手が乗って初めて始まる。

 瞬きをすることすら忘れて凝視すると和奏ちゃんが動きを見せる。

 和奏ちゃんの膝の上から離れた手は右手だけ。

 左手は動く様子さえ見せず、鍵盤が右手の指先で易しく押される。

 「……嘘、本気なの?」

 私は思わず正気を疑う言葉を口にしてしまう。

 右手だけを動かす、この動作だけで明らかに観客の目が変わった。

 演奏が始まる前までは何を演奏するのかという疑問や楽しみに感じる目だった。

 だが今は懐疑的で疑うような目、そして審査員が姿勢を直し値踏みするような目になる。

 そう、この曲を演奏するからにはその視線を受け入れないといけない。

 ピティナE級ロマン派課題曲、最難関楽曲の一つ。

 『練習曲 イ短調 Op.25-11「木枯らし」』

 ショパンが作曲した練習曲が課題曲に多く含まれているが、四曲ほどは高校三年生以下のカテゴリーであるF級課題曲の中でも最上位に君臨している。

 その内の一つが木枯らし。

 この楽曲も右手で16分音符を刻み続けることになるが、テンペストと異なる点は横移動があまりにも多い点だ。

 左右両方に縦横無尽に手を動かさないといけない。

 これは手首の回転だけで行うには体力がもたない。

 木枯らしで求められる力は上半身で弾く体幹と、次に弾く鍵盤を把握して先回りする技術だ。

 テンペストと同様に左手で音を着色する必要がある。

 木枯らしとテンペストを比較した時、音楽的な表現の難しさを比較するとテンペストの方が難しい。

 ただ和奏ちゃんのテンペストの完成度は別次元だ。

 あの構造力を持っていれば木枯らしの表現で苦戦することはない。

 つまり和奏ちゃんに求められるものは持久力と技術力。

 木枯らしを弾くのに必要な持久力と技術力はテンペストよりも三つは上だ。

 テンペストの難しさは緊張を続ける持久力と音の構築面での技術力。

 木枯らしの難しさは縦横無尽に鍵盤を動き回る運動的な持久力と音を外さずに表現する技術力。

 そして木枯らしの曲の長さは約3分30秒。

 プティナの四曲目かつ木枯らしの運動量を考えると長すぎる。

 木枯らしは後半の二ページが鬼門と言われるほどで、後半で失速しがちだ。

 テンペストとは違う冷たい吹雪のような風が通り過ぎている。

 和奏ちゃんが木枯らしを演奏して二分が経過するが、勢いは衰えことを知らない。

 私の身体が震えていく、寒気がするのだ。

 戦う気すら起きない圧倒的な存在に背筋が凍る。

 いつの間にか顔が下がっているのがわかる。

 木枯らしの最後の二ページに差し掛かる。

 疾走感はピークとなり、音量はフォルテッシモでかなり強く。

 最大の吹雪が吹き荒れ、私は思わず顔を上げる。

 「……そっか、そうだよね」

 目の前に映ったのは少し口角が上がって、楽しそうにピアノを弾く和奏ちゃんだった。

 どこか苦しそうな顔をしている姿を想像する自分がいた。

 今一度私が演奏した時を振り返る。

 もちろん疲労こそあったが、それでも可能な限りクオリティの高い演奏を届けたかった。

 なによりも楽しかった。

 和奏ちゃんは膨れ上がった疾走感を観客に叩きつけるように演奏を終えた。

 全ての演奏を終えるとホールに完全な沈黙が訪れ、次の瞬間爆発音のような拍手が送られる。

 私も舞台の端で拍手を送る。

 自身の敗北が決定した瞬間であると同時に、怪物が誕生した瞬間だった。

 こんな素晴らしい瞬間に立ち会えたことに私は感謝している。

 「あー、楽しかった!」

 私は廊下に出ると伸びをしてそう口にする。

 私の演奏に悔いはない。

 自分の百パーセント以上が出せたし、観客の人にも楽しんでもらった。

 満足だ。

 「あ、あの!」

 後ろから女の子の声が響き、振り返ると和奏ちゃんがいた。

 「ど、どうかした?」

 「あ、えっと私、小鳥遊和奏と言います」

 「あ、私は有馬心春(ありまこはる)って言います。よろしくね和奏ちゃん」

 「はい!よろしくお願いします!」

 和奏ちゃんはどこか緊張した様子で頭を下げる。

 よくよく考えたら私と和奏ちゃんは五歳は歳が離れている。

 年下の和奏ちゃんが緊張するのは当然だろう。

 年上である私がオドオドしてはいけない。

 「それで、どうしたの?」

 「素敵な演奏でした。ピアノを弾くのが楽しそうで何を表現したいのか伝わってきて、ピアノの本質を思い出せたというか、おかげで私も楽しく演奏ができました」

 「あ、ありがとう和奏ちゃん」

 私は呆然とした気持ちでそう口にしていた。

 まさか和奏ちゃんから褒められるとは思わなかった。

 そして私の演奏が肯定されたことが何よりも嬉しかった。

 それも私の上位互換で尊敬しているピアニストにだ。

 「ふふ、それならよかった。和奏ちゃんのあの演奏に協力できたなら、それ以上に嬉しいことは無いわ」

 「そ、そうですか?」

 「ええ、あんなに楽しそうで、音に圧倒されるのは初めてだったの。まるでピアノを弾くために生まれてきたみたいで、本当にきれいだった」

 今、私はどんな表情をしているのだろう?

 今までの人生で一度だけこの感覚になったことがある。

 記憶を呼び覚ますと、すぐに思い出す。

 それは私が東京文化会館で聞いたピアノの演奏だ。

 巨大なホールに響く壮大で奇麗なピアノの演奏を聴いて、私はピアノを始めた。

 その瞬間と同じ感情を抱いている。

 あぁ、そうか。

 「これからも頑張ってね和奏ちゃん!心の底から応援してるわ!」

 私は和奏ちゃんに魅せられたのだ。








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