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和を以て明王を制す  作者: ラー油


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23/28

23.

 「負けました」

 こんなに清々しい敗北は初めてだった。

 プロの姿勢、品格、強さ、オーラをぶつけられ、プロの矜持を学んだ。

 決して負けることは許されず、深淵を覗くような読みの深さと圧倒的な強さ。

 己の弱さを自覚すると同時に、僕が目指すべき姿を知った。

 こんなありがたくて幸せな時間を与えてくれて感謝しかない。

 「どうだ、じいちゃん強いだろ」

 「うん、全然かなわないや」

 「風磨も、強くなったな」

 じいちゃんからの賞賛を受け、それから僕はじいちゃんにいろんな話をした。

 師匠の話、倉敷王将戦で負けた話、奨励会試験で真剣勝負を知ったこと。

 将棋だけではなく、和奏や康誠といった友達の話まで、僕が話せることは全て話した。

 じいちゃんは穏やかな表情でずっと聞いてくれた。

 対局中とは違う祖父としての姿に安心するが、同時に弱っているのがわかる。

 普段だったら厳格で力のある表情をしている。

 僕が話せるだけ話すと、次はじいちゃんが口を開く。

 「楓真が楽しそうで安心したわい。将棋だけじゃ限界がくるからの」

 確かに将棋だけをやっている日々だったら、僕は強くなれたか怪しいところではある。

 何気ない日常が僕のメンタルやモチベーションを保ってくれたところはある。

 それからじいちゃんはいろいろ話してくれた。 

 友達の大切さから、昔の将棋の話まで知らないことばかりだった。

 その中で僕が一番印象に残った言葉がある。 

 「じいちゃんはな、昔頭の中に将棋の盤が10個以上あったんだ。脳をやってからは減ってしまったが、それでも積み上げたことが残っていたからプロでいられた」

 この言葉で僕の目指す先がわかった。

 現状は二つだけだが、将棋を指し続ければ増えていく感覚がある。

 僕は天才的な将棋の才覚があるわけではないだろう、だが積み重ねることはできる。

 この日はいろんな事を学んだ一日だった。

 プロを志すものとして、アマチュアには負けてはいけないこと、背負っているものの重さ。

 目指すは明確になり、成長した自分を見せられた。

 いつの間にか夜は明けて、僕は目を覚ます。

 「おはよう、じいちゃん」

 起き上がり、顔を上げた僕はそう口にする。

 その理由はじいちゃんが笑顔だったからだ。

 起きていると思ったが返事は返ってこない。

 「……じいちゃん?」

 試しに肩をゆすってみると、前に組んだ手がベットから落ちる。

 それは機械的で重力に一切逆らわなかった。

 手を取るとびっくりするほどに冷たかった。

 生気を感じずに、じいちゃんがもうこの世にいないことがわかった。

 「対局中は元気そうだったのにな」

 逆にそれ以外は大変そうだった。

 察していた事だろう、じいちゃんがあの対局に全てを懸けていたことぐらい。

 最後の力を振り絞ってくれたんだ、僕に道を示す為に。

 「ありがとうございました」

 僕は姿勢を正すと頭を下げてそう口にした。

 将太を指した後のような仕草だった。

 じいちゃんは死んだ。享年67歳だ。

 それからは記憶が朧げだ。

 僕が部屋のボタンで看護師の人を呼ぶと、慌ただしく人が入れ違いになった。

 すぐに葬式が行われることになり、僕は鹿児島に延泊することになった。

 その間、僕は涙が出なかった。

 まだ僕の中にはじいちゃんとの対局と会話があった。

 それでも、夜に泣いているばあちゃんや母さんを見ると、現実に引き戻される感覚があった。

 そして葬儀の日、いろんな人が泣いていて、涙なからに話すばあちゃんや母さんを見て僕も泣いてしまった。

 もう本当にじいちゃんはいないのだと、嫌でも理解してしまった。

 僕が泣き止んだのはお経と線香を終え、最後に棺桶に思い出の品を入れる時だった。

 僕に渡されたのは将棋の駒だった。

 僕がじいちゃんと指す時に使っていた駒だ。

 一緒の棺桶に入れたものはじいちゃんと一緒にあの世に行くらしい。

 駒を入れればじいちゃんはあっちでも将棋が指せるということだ。

 僕は手元にある駒を棺桶に入れる。

 思い出の品で惜しい気持ちもあったが入れない選択肢はなかった。

 「待っててよ、何十年後になるかわからないけど、強くなってそっちに行くから。その時、また指そうね」

 僕はそう言って駒を入れる。

 僕が死んだ時、胸を張ってじいちゃんに会えるぐらいの棋士になりたい。

 そう思い、宣誓してからは涙が出なかった。

 じいちゃんの棺桶の蓋が閉められ、送迎車を見送ると後藤先生を見つける。

 僕が軽く会釈をすると近づいてくる。

 「大丈夫かい?」

 「ええ、じいちゃんに今の僕を見せることはできたので」

 僕はそう言うとこの前の対局の話をする。

 「なるほど、それはよかった」

 この言葉にはいろんなニュアンスが含まれているだろう。

 最後に指せたこと、全力のじいちゃんと対局できたことなどだ。

 「私も何度も脳をやっていたことは知ってたけれど、こんなに早いとは思わなかった」

 後藤先生は悔しそうにそう口にする。

 その姿を見て本当に知り合いだったのだと理解する。

 「じいちゃんってどんな棋士だったんですか?」

 「そうだな、私が知る限りでは研究者としての側面が強い人だったかな。当時は今みたいにパソコンが発展してないから、情報も解析も自力でやるしかなった。そんな中でも新しい戦術を開発したり、特筆すべきは相手の対策を怠らなかったことだね。どうしても出たとこ勝負になりがちだった時代だけど、この人の対局だけは準備の痕跡があったよ」

 後藤先生の言葉で僕は確信を得る。

 僕の目指す先は明確に定まった。

 僕が証明してみせる。

 じいちゃんの将棋の先に竜王があると。

 

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