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和を以て明王を制す  作者: ラー油


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21/28

21.

「和奏ちゃんには報告したの?」

 「あ、まだだ」

 僕はフワフワとした浮遊感を抱えたままスマホを操作する。

 「一局目勝ったよ。あとは面接だけど形式的なものだから大丈夫だと思う」

 正直何を打っていたいたか覚えてないが、履歴を見るとそう送っていた。

 「帰省することも伝えておくのよ」

 「うん、わかっ――」

 母さんの方を見た一瞬の間にスマホの画面が変わって、通話の画面になる。

 「ちょっと話してくる」

 僕は母さんに断りを入れてから店の外で通話に出る。

 「おめでとう楓真!」

 通話に出た途端、和奏からの溢れんばかりの賞賛を受ける。

 スマホを耳に近づけていたのでキーンとする。

 「ありがとう和奏。おかげさまで勝てたよ」

 「私は何もしてないわ。楓真の実力よ」

 和奏はそう言うと何度も「おめでとう」と言ってくれる。

 この言葉のおかげで僕の中に奨励会に受かった実感が湧く。

 「よし、私も楓真に続かないとね」

 「あ、そっかピティナもすぐか」

 「私は二十日の方だから三日後ね」

 「思ったより近いね。大丈夫そう?」

 「うーん、どうだろう?中学生と高校生がどのくらい上手なのかわからないし、勝てるとは断言できないわね」

 「そ、そう」

 和奏のことだから「絶対に勝つ」ぐらい言うと思った。

 「そんな不安な声をしないでちょうだい、今までで一番調子がいいんだから。楓真は私の演奏は負けると思う?」

 「いや、負けないと思う」

 「ふふ、それなら安心ね」 

 僕は他の人の演奏を聞いたことがあるわけではないが、和奏以上の演奏ができる人はほとんどいないと思っている。

 「あ、そうだ明日から鹿児島に行くことになってたらしいんだ」

 「そっか、おじいさんに報告しないとだもんね」

 「うん、強くなったって報告してくるよ」

 「それじゃあ今度は私が缶詰する番だね」

 「頑張ってね和奏」

 僕が和奏にエールを送ると、会話が止まる。

 というより和奏からの返答がない。

 「……和奏?」

 「あ、ごめん、えっと……もう一回言ってくれない?」

 どこか恥ずかしそうに和奏はそう言う。 

 珍しい姿に困惑しつつも口を開く。

 「頑張って和奏」

 「えへへ、うん頑張る」

 予想外に可愛い反応をされて僕は頬が赤くなる。

 恥ずかしい言葉を口にした気分になる。

 「応援されたのって久しぶりだわ」

 和奏から不意に出た闇に僕は悲しくなる。

 「本当に頑張って和奏!」

 「ふふ、ありがとう楓真。期待しててちょうだい」

 それから軽く話した後、通話を終える。

 和奏と話していた時は不安を忘れられたが、冷静になると汗が出る。

 正直言って面接で何を話したのかは覚えていない。

 当たり障りのない内容だったであろうことはわかる。

 僕は無事に奨励会に合格し、家に着く。

 それなのに達成感も喜びもなかった。 

 ただただ不安なまま時間がすぎ、飛行機に乗って鹿児島に着く。

 じいちゃんの家は山の方にあり、空港から車で一時間以上かかる。

 車に揺られて連れてこられたのは見慣れた日本家屋ではなく、真っ白な病院だった。

 嫌な予感で察していたとはいえ、現実を受け止めきれないでいる。 

 他に足がつかず、フラフラとした浮遊感だけがある。

 連れてこられたのは病棟の五階で、503号室に入ると病服を着たじいちゃんがいた。

 窓の外をぼうっと眺める姿はどこか儚げで、怖いとも言われる顔は弱っていて、そこには記憶の中にある元気なじいちゃんはいなかった。

 あぁ、本当にまずい状況なんだと察するには十分だった。

 「じいちゃん!大丈夫だよね!」

 居ても立っても居られなかった僕は勢いよく駆け寄って叫ぶ。

 ここが病院かどうかなんてどうでもよかった。

 「……あぁ、楓真。おかえり、そしておめでとう」

 じいちゃんはゆっくりと振り向き、僕をゆっくり認識するとそう口にする。

 本当に嬉しい言葉だが、今の僕には届かなかった。

 「じいちゃん聞いてよ、僕いろんなことがあってさ、それにこれからだって……」

 「そうか、それはよかった……」

 じいちゃんは嬉しそうにそう口にする。

 それは安心した顔で、「思い残すことはない」と言わんばかりの顔。

 僕はそれを見て、助からないんだなと察してしまった。

 「なんで、なんで!」

 僕は怒りをぶつけるように、「なんで」と繰り返していた。

 なんでの先は言いたいことが多くて出てこなかった。

 なんで早く教えてくれなかったんだ!

 なんでじいちゃんがこんな目に!

 いろんな言葉が頭を駆け巡った。

 「ごめんな、楓真」

 「!」

 じいちゃんから出た謝罪の言葉に僕は泣き出していた。

 助からないという予感が現実になったからだ。

 どれだけ泣いたかわからない、止まる気配もなかった。

 それでも涙を止める理由が与えられた。

 「楓真、最後に一局指そうか」

 僕はその言葉に勢いよく顔を上げ、じいちゃんを睨んだ。

 「最後なんて言わないで!」そう言うつもりだった。 

 だがその言葉は封じられた。

 目の前に映るじいちゃんは、今まで見たことがないほど活力に溢れ、熟練と殺気を纏っていたのだ。

 それも昨日経験したもを遥かに上回るほどに。

 じいちゃんが全てを懸けていることが直感的に伝わってくる。

 「わかった。今の僕の全てを懸けるよ」

 僕はそう言うと、じいちゃんは楽しそうに笑う。 

 対局時計なんていらない。

 悠久で刹那的な対局が幕を開けた。


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