第二十話(2)
「だ~か~ら~、何でここに集まってるんだ!」
ノアが一人で喚き散らしている。
広い食堂に、見慣れない顔が並ぶ。
「丁度いい場所がなくてさ。ごめんねノア」
「お前が有名なノア・ウェールズか。食堂をやってるとはな」
ガブリエルが豪快に笑う。
「公共の食堂じゃねぇからな!とにかく、俺はこいつに調理場について教えないとならないから、静かにしてくれよな」
「静かにって、そいつは言葉が分からないだろうが」
「うるせぇ!俺の気が散るんだよ」
ノアは、昨日の店主に、身振り手振り一生懸命仕事を教えている。
今朝一番にノアの元へ連れて行き、不審な顔をされたが、焼き鳥のようなあの料理を食べさせた途端、気が変わったようだ。
「あ、あの…続きを教えて頂けますか」
「おお、悪い。眉毛は、こう、太くてつり上がってて…鼻は…」
イザベラが、スケッチブックを手に、ジルを襲った犯人の似顔絵を作っている。
ちらりと覗くと、かなりの完成度だった。
「そうそう。あまりリアルに書きすぎないほうが、いいよ。抽象的な絵のほうが、似る場合が多いの」
(あと、腕のタトゥーも、こっそりスケッチしておいてね)
(かしこまりました)
ドアが開き、更に人が増える。
「公女様。マルク氏に訓練場の案内をしてきました」
「カーライル卿。ありがとうございました」
カーライル卿の顔を見たら、昨日の楽しかった思い出が蘇ってきた。
だが、カーライル卿は、私の顔を見た瞬間、青い顔で謝罪をする。
「公女様、本当に申し訳ありませんでした」
「カーライル卿、何度も言いましたが、これは自業自得なので」
昨日、裸足で強く踏み込みすぎたせいで、私は利き足と両手首を負傷してしまったのだ。
一振りで、全治二週間の捻挫。
エイヴィルの身体、か弱すぎる…
「公女様の剣。学びたい」
マルクが、小さくつぶやく。
「おいおいまさかそいつ、近衛騎士団と一緒に訓練をするわけじゃないだろうな」
ノアが口を挟む。
「ううん。近衛騎士団員は、皇室に所属している騎士団だもん。一緒に訓練はしないよ。ただ、場所だけお借りしたの」
「じゃあ、誰が訓練するんだよ」
「私がマルク氏に教えて、マルク氏が皆に教えるの」
「だから今日はそんな格好なのか」
私は、乗馬服を着ている。
「で、何を教えるんだよ」
「逮捕術だよ」
「逮捕術?」
「そう。逮捕する側も、される側も、なるべく怪我をしない方法で犯人を捕まえる方法を教えるの」
「何で犯人まで庇うんだよ」
「教会で処分が決まるまで、犯人と決まったわけじゃないからね」
「はぁ」
司法制度が確立してないこの帝国において、私の考えが受け入れられないことはわかってる。
それでも、少しずつでも、皆を理不尽や不条理から救いたい。
エイヴィルのためにも。
「公女様の剣、学びたい」
「あ、マルク氏お待たせしていましたね。行きましょう。ノア、あとよろしくね」
「お、おい」
「公女様、そのお身体で大丈夫なのですか」
私は、マルク氏とカーライル卿と一緒に、外にひょこひょこ歩いていく。
「公女様。また何か始められたようですね」
「ああ」
二階の廊下の窓から、公爵閣下と共に、訓練場にいる公女を見下ろす。
「領地の中心街で、人を雇いたいと言ってきた」
「領地でですか。ここではなく」
「ああ」
「あの男性はどなたでしょう。目元に古傷がありますね」
「マルクス・ハイント。以前西にあった男爵家の元私兵だ」
相変わらず、情報が早い。
いつの間にお調べになったのだろう。
しかし、こんな昼時に公爵閣下のお姿を見られるとは。
主治医として、本当に嬉しく思う。
だが、回復に向かっている時こそ、慎重にならなくてはならない。
心は常に一定ではない。
必ず波がある。
回復幅が大きければ、それだけ深く沈む可能性を帯びているのだ。
だが、きっと大丈夫だろうと、根拠のない自信が湧いてくるから不思議だ。
公女が記憶を失ってから、様々なことが変わった。
「そろそろお部屋に戻られますか」
「ああ。そうしよう」
横目で公女を見る。
汗を輝かせ、短めの棒を振り回している。
その後ろで、カーライル卿がオロオロしている。
「まったく。捻挫を甘く見てはいけませんよ」
以前では考えられないような光景に、思わず笑みがこぼれる。
今度、またジルを連れて来よう。
ワクワクした気持ちで、公爵閣下の後を追った。
皇宮の端にある小さな塔の中。
恐ろしいほど殺風景な部屋に、夕日が容赦なく差し込む。
石の壁がむき出しで、まるで監獄のようだ。
その真ん中に、美しい鳥かごが吊られている。
中には、不釣り合いな真っ黒い一羽の鳥。
少し冷える。
何か羽織ってくればよかったと後悔する。
だが、日没まで時間がない。
鳥かごを開け、見慣れた鳥に餌を与える。
その隙に、首についた小さな筒に、丸めた手紙を詰めた。
「お願いね」
しばらく餌を食べ、満足した黒い鳥は、赤い夕陽に向って羽ばたいていった。
何だか、ひとどく不気味な光景だと思った。
私は鳥かごをチェストにしまい、足早にその場を後にした。
エイヴィル。お願いだから、むちゃをしないで。
「皇帝陛下へ謁見を申し込みたい」
「皇太子殿下、申し訳ございません。皇帝陛下はお身体の具合が…」
「これで何日目だ。舞踏会の日からずっとではないか」
公女を皇室に招いたことで、父上はご立腹なのだろう。
父上や招待した貴族たちを欺く形にはなってしまったが、なぜそこまで公女を嫌う。
いや、公爵を避けているのだろうか。
二年前から、私の気持ちは何一つ変わっていない。
エイヴィル。
「そなたは絶対に、私の妻になるんだ」
「それじゃあ、また連絡します」
日没前。
公女自ら正門まで赴き、路地裏から来た客人達を見送る。
「ああ。もう似顔絵は勘弁してくれよな」
「公女様。また手合わせしてください」
公女は二人に笑顔を贈ると、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
公女が教えた武術は、人間の身体の構造をよく理解し、それをうまく利用しているものだった。
それこそ、力の弱い女性でも、練度を上げれば大きな男を制圧することも可能だ。
ラルク氏は、すいすいとその武術を飲み込み、自分のものにしている様子だった。
その後公女は、ガブリエル氏に、仲間の中に文字の読み書きができる者が何人いるか、馬に乗れるものがいるかなど、細かな確認をした。
「夕食は、いかがいたしますか」
僕は公女の後ろから声を掛けた。
許されるなら、食堂で夕食を共にしたい。
「ノア達の様子が気になるところですが…。他の騎士達は、私がいると気まずいと思いますので、部屋に戻ります」
公女は、笑顔で振り返る。
その笑顔が、何となく切ない気持ちにさせた。
「申し訳ございません」
「カーライル卿が謝ることではないです」
「…」
「やはり、女性の地位は低いですね」
「公女様」
「ガブリエル氏やラルク氏は、私を受け入れてくれました。ノアやカーライル卿だって。でも、以前のエイヴィルはどうだったのでしょう」
「それは…」
僕は言葉に詰まってしまった。
昨日と同じく、真っ赤な夕日を浴びた公女。
だが、身体の大きな男性に立ち向かっていったとは思えないほど、小さな少女がそこにいた。
僕に守らせてほしい。
僕は、公女の手にそっと触れる。
「カーライル卿?」
「公女様!」
公爵邸から、見慣れないメイドが走ってくる。
「エミリー!」
自然と、公女の手が離れる。
「はぁはぁ。公女様、鳥が戻りました」
「!」
「はぁはぁ。こちらです」
「うん。カーライル卿、今日はお疲れ様でした」
「おやすみなさいませ」
僕は敬礼をして、ひょこひょこ歩く公女を見送る。
鳥が戻った。
以前言っていた、軍鳩のことだろうか。
この時僕はまだ知らなかった。
皇女からの手紙で、事件が大きく動き出すということを。
捜査会議を公爵邸で
第一章 完
素人の文章で、至らない点が多かったと思いますが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
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