表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/36

第十六話(1)

 公爵邸の正門に馬車が付くと、公爵が迎えてくれた。

 側には、執事長とステファン先生も控えていて、三人の顔を見た瞬間、何だかほっとして、泣きそうになった。

 公爵に差し出された手を取り、馬車を降りる。

「何かあったのか」

「え?」

 私をじっと見つめていた公爵が、静かにつぶやいた。

 驚いた。

 顔に出てたかな。

「心配して頂き、ありがとうございます。凄く素敵なところでした」

「そうか」

「今回は踊れませんでしたが、いつかお父様と踊ってみたいです」

「そうだな」

 私達は、ほほえみ合う。

「ウェールズ卿。苦労をかけた」

「とんでもないことにございます、閣下」

「ウェールズ卿。ありがとうございました。ゆっくりおやすみください」

「公女様も、良い夢を」

 ノアが、私の手の甲にキスをする。

 私は、必死に平常心を保ちながら挨拶を受け入れ、公爵に並んで歩き出した。

 その後ろに、カーライル卿が続く。


 私は公爵と、他愛のない話をした。

 ノアが侯爵家の人間だと知って驚いたこと。

 馬車の乗心地。

 首都の賑わい。

 カーライル卿の人気っぷり(カーライル卿は間違いなく後ろで聞いていたはず)。

 公爵は、時々優しく微笑みながら、相槌をうつ。

 皇室や皇族に関する話は、意識して避けた。

「私はここで失礼する。よく身体をやすめなさい」

「はい。おやすみなさいませ、お父様」

「ああ。おやすみ」

 私は公爵を見送る。

 ちらりと目配せをしてくれたステファン先生に、グッドポーズをしてみせた。


「本当に、お身体は大丈夫なのですか?」

 後ろから、カーライル卿が声をかけてくれる。

「はい。馬車の振動でも、痛みを感じませんでしたし、大丈夫です」

「そうですか」

 カーライル卿は、思い詰めたような表情を浮かべ、目を合わせてくれない。

 もしかして、気まずいのかな。

 直接的ではないけれど、あんなシーンを見せられちゃった訳だし。

 私も、初めて被害者に接する時、何て声をかけたら良いのか分からなかったっけ。

 優しいカーライル卿に、気を使わせてしまったことが申し訳なかった。

「結局、皇太子殿下に贈り物をお返しすることは、叶いませんでした」

 私から皇太子の話を切り出したことに驚いたのか、カーライル卿の肩がビクリと跳ねる。

「でも、お返ししたいという意思は、はっきりと伝えてきました」

 私は、少し上を見上げる。

「裁判では、犯人からの謝罪文や謝罪の贈り物は、受け取ってしまえば受け入れたとみなされてしまいます。皇太子殿下が、どういうつもりで贈り物をしてきていたのかは、結局分かりませんでしたが、受け取リを拒否する意思を伝えられたのは、大きかったと思います」

 カーライル卿は、黙って聞いている。

「それに、あんな不敬な態度を取った私とは、もう関わりたくないと思ったはずです」

 私は、笑い飛ばしてみせた。

 実際、あの場を切り抜けさえすれば良かったのは事実だ。

 婚約発表を取り消すのは難しいが、公爵邸の悪女が皇太子にキスをしたところで、スキャンダルのネタになるだけ。

 後は逃げ続ければ良い。つまり結果オーライだ。

 何も不安に思う必要はない。

 それなのに、カーライル卿は硬い表情を崩さない。

「護衛騎士として、公女様をお守りすることが出来ませんでした。自分は一体何のために同行したのか。本当に申し訳ありませんでした」

「そんな!カーライル卿が皇太子殿下をなだめてくださったではありませんか。本当に感謝しています」

「しかし…」

 カーライル卿の表情が晴れない。

 どうしよう。ここ最近、怒っているみたいだったし。

 何故か私は、カーライル卿の顔色が気になってしまう。

 …きっと私は、カーライル卿には、嫌われたくないと思っているんだ。

「…たいんです」

 カーライル卿がボソリとつぶやく。

「え?」

「私は、公女様のお役に立ちたいのです」

 それを聞き、私は興奮のあまり、カーライル卿の手を両手で掴んでしまった。

「こ、公女様?」

「あはは。カーライル卿!私も今同じようなことを考えていました!」

「同じこと…ですか?」

「はい!私は、カーライル卿には失望されたくないと思っているんです。心からカーライル卿を尊敬しているんです」

 カーライル卿が、驚いた表情で、やっと目を合わせてくれた。

「今日の私の行動は、とても無謀で軽率でした。今はとても反省しています。私を軽蔑していますか?」

「そんな、とんでもございません」

「でしたらどうか、そんな顔はやめてください。また、マリアを気絶させるほどの、素敵な笑顔を見せてください」

 カーライル卿を包んでいた、殺伐とした空気が和んでいくのを感じた。

「公女様」

 カーライル卿は、柔らかく微笑んでくれた。

 素直に笑ってくれるカーライル卿。可愛すぎる。

 いや、まって。これってパワハラになるのかな。「笑え」って命令してるみたいかな?

 私がぐるぐる悩んでいると、いつの間にかカーライル卿が片膝をついていた。

「私の剣は、自分の命を守る時、他人の命を守る時、凶悪犯を捕らえる時など、他に方法がないと判断した場合のみ使います」

「え?はい。私のお願いを覚えていて下さって、ありがとうございます」

 カーライル卿は、ぐっと何かをこらえるような表情を見せた。

「おやすみなさい。カーライル卿」

「おやすみなさいませ。公女様」


 

 広く、誰もいない、エイヴィルの部屋。

 ここにいることにも慣れてきたが、いつものように、お邪魔しますと心のなかでつぶやいてから、ベッドに腰掛ける。

 喉が渇いているが、大好きなメイドたちを起こしたくなかった。

 ベッドサイドのランプの火を、そっと吹き消す。

 暗闇の中、耳鳴りがする。

 しばらくすると、ぼんやりと月の光に照らされた肖像画が浮き出てきた。

 美しい、ピンク色の髪をしたエイヴィル。

 青白い月明かりの下だと、薄い藍色に見える。

(謝罪の必要はない。前よりもずっといい)

 ガラスケースに保管されていた、ピンク色の髪の毛を思い出す。

 

 朝になったら、確認しないとならないことが、山ほどある。

 ドレスのまま、ベッドに仰向けに寝転んだ。

 まだ情報が足りない。

 誰が、孤独だったエイヴィルを、殺したの?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ