表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/36

第十五話(2)

 僕は、いつものように自分の額の傷に触れた。

 落ち着け。

 落ち着くんだ。

 怒りは、強くなるために必要な感情だ。

 だが、飲まれてはならない。

 怒りを体内に留め、コントロールできてこそ、真の騎士だ。

 僕は、レミラン帝国のナイトであり、公女様の騎士だ。

 皇太子に顔を寄せられ、目に涙をためながら、必死に抵抗する公女の顔が頭から離れない。


 公女の乱れた口紅が、皇太子の仕業だと分かった時、怒りで頭が真っ白になった。

 皇太子が、公女の唇に…触れただと。

 キンッ

「お、おい!ジェレミー」

 ノアに名前を呼ばれ、自分が無意識に剣を抜いていた事に気付いた。

「何やってんだよ!皇室だぞ馬鹿野郎!」

「ちょっと!ノア何やってんの!?」

 公女の声が聞こえ、僕は反射的に剣を収めた。

「公女様。御用はお済みでしょうか」

「ありがとうございます、カーライル卿。何があったのか分かりませんが、ノアを許してあげてください」

「え、なん。俺は止めてただけだ!」

「公女様。馬車へ」

「ありがとうございます」

「無視すんな!」


 


 馬車は昔から嫌いだった。

 尻に伝わる振動も、ただ運ばれているという受動的な感じも。

 でも、一緒に乗る相手によっては、秘密めいた、二人きりの空間になることを、俺は今日知った。

 俺の贈ったネックレスを着けた細い首筋が、赤く染まるのが嬉しくて、からかうのを止められなかった。

 もっと色んな顔が見たくて、目が合うだけで満たされて、このままずっと、目的地につかなくても構わないと思った。

 そう。

 あんなところ、行かなければ良かったんだ。


「お前、大丈夫なのかよ」

「え?」

「理由は分かったよ。あんなあり得ない方法…納得はできないけどな。ただ…その…」

「?」

「…嫌だったろ?」

 ヒカリの瞳が一瞬揺れ、すぐにフニャフニャの笑顔を見せる。

「ノア、私の気持ちを心配してくれてるの?」

「何だよその顔」

 俺は、ヒカリの頬を両手でつねる。

「いぃ!痛いよノア」

 ふと、乱れた唇を思い出し、心がモヤモヤする。

 皇太子に触れられたのがとにかく嫌で、思わず、利き手を使って、強く拭い取ってしまった。

 そっと、ヒカリの唇に触れる。

 口紅がついた手袋は、処分してしまった。

 素手で触るヒカリの唇は、柔らかくて、温かい。

 ヒカリの顔に、戸惑いの色が浮かぶ。

「ノア?」

「ごめん。強くこすりすぎて、少し腫れたな」

 繊細で、小さな唇。

「大丈夫!でも、エイヴィルの身体なのに、勝手に…あんなことしちゃって。ノアの大切な幼馴染なのに」

 自分は何ともないような物言いに、イラッとする。

「嘘に決まってるだろ。公女と俺は、幼馴染でも何でもない」

「え!」

 ヒカリは目をパチクリさせている。

「デビュタントは?」

「エスコートしてない」

 ぽかんと口を開ける。

 その、油断しきった顔を見て、少しだけ気分が晴れた。

「ノア!やっぱりあなたは凄いよ!」

「はぁ?」

 思っていたのと違う反応に、面食らってしまう。

 騙されたのに、何喜んでんだ?

「私、取り調べの中で、カマをかけるのがどうしても苦手だったの。ずっと真面目に生きてきたから、正論をぶつけることしかできなくて。柔軟に嘘つけなかったんだよね。ノアの嘘は、息をするように自然だった!」

「…馬鹿にしてるんだよな」

「違う!本当に凄いと思ってるの。」

 凄いか。

 ヒカリに言われたい言葉だったけど…。

「オカって男も、そうだったのか?」

「ええ?岡部長!?私、岡部長のことまで話したっけ?」

「俺に似てたんだろ?よっぽどいい男だったんだな、お前の恋人は」

「確かに、雰囲気?気軽さ?は似てたけど…。そもそも恋人じゃないし。てか、何でノアが怒ってるの!」

 いつの間にか、窓際までヒカリを追い詰めていた。

 怒ってる?

 そうだ。

 俺は、こいつが生きていた世界の、見ず知らずの男にまで妬いている。

「ノア?」

 思ったよりも重症だ。

 自分が、こんなに独占欲が強い人間だったなんて、知らなかった。

「ヒカリさん、実は私と公女様は婚約してたんです」

「その嘘は笑えないから」

「ははは」

 

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 感想を聞かせて頂けると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ