第十三話(2)
会場の上座には、赤い重たそうなカーテンが掛けられている。
そこを皇太子が片手で開き、促されるまま進むと、広くて美しいバルコニーが姿を表した。
「凄い…」
私は思わず、バルコニーの端まで進み、美しい景色を見渡す。
先ほど通ってきた城の中庭が一望でき、その先に城下町の明かりが見える。
ノアが踊っているであろうワルツが、重厚なカーテンに遮られ、遠くに聞こえる。
人混みから離れ、外の新鮮な空気に触れたことで、すっかり開放的な気持ちになっていたが、思い出した。
私は今、容疑者と二人きりだということを。
しかもこの空間は、おそらく舞踏会で意気投合した男女の密会に用いられる場所なのだろう。
しっかりとしたソファーと、冷えたワインボトルが置かれている。
いや、あれはシャンパン?
別の意味でも身の危険を感じ、本能的に警戒度が高まる。
「イヴィ…」
「っ…」
皇太子が後ろから近づいてくるのを察知し、自然と身体が強張る。
その反応を見て、皇太子が表情を曇らせる。
「すまない。そなたが記憶を失っているというのは、報告を受けている。だが…」
皇太子が言葉に詰まる。
「本日は、殿下のお誕生日を祝う場だと伺って参りましたが」
「…私の誕生日は今日ではない。イヴィ、そなたが本当に記憶を失っているのか、確認したかったんだ。私の誕生日は、公式に発表はしていないからな」
皇太子の誕生日を、発表していない?
王子様の誕生日なんて、国をあげてお祝いするんじゃないの?
私の考えを読んだのか、皇太子が答える。
「私は所詮、皇后の私生児だ。私がいつ、誰との間に生まれたのかはどうでもいい。彼等にとって大切なのは、私が皇帝陛下の後継者として存在しているということだけだ」
彼らとは、皇太子を取り囲む貴族たちのことだろう。
話の流れからすると、エイヴィルは皇太子の誕生日を知っていたことになる。
公開されていない、誕生日を。
私は何も応えずに、皇太子の言葉の続きを待った。
「私が贈ったドレスは、気に入らなかったのか?」
皇太子は、優しく微笑みながら私の髪を一束手に取る。
紫色の瞳が艷やかに輝くと、あまりの色気に、私は思わずたじろいでしまった。
皇太子の瞳の奥に、熱がこもっている気がして。
頑張れ。負けるな私。
「皇太子殿下のお心遣いに、感謝申し上げます。ですが、私は記憶を失っている状態にございます。殿下からの贈り物を、受け取る資格はございません」
「受け取る資格がない?」
「はい。今の私にとって、殿下は初対面の見知らぬ男性に同じにございます。そんな方から高価なものを受け取るわけにもいかず、頂いたものをお返しするために、本日全て持参してきております」
「全て?」
「はい。私の部屋に手つかずで置かれておりました殿下からの贈り物を、全てお持ちしました」
「手つかずだと?」
皇太子は表情を曇らせた。
「お前は、身につけるどころか…開封すらしていなかったということか」
さぁ、どうする?
怒るか、取り乱すか、笑い飛ばすか…。
私は、わずかな反応も見逃さないよう、注意深く皇太子の美しい顔を見つめる。
「公女」
「はい」
「まさか、このことも忘れてしまった訳ではあるまい」
皇太子は、真剣な表情で、ゆっくりと距離を詰める。
「このこと…とは?」
皇太子は、私の頬にさらりと触れた。
「私達が、婚約しているということだ」
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