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第十二話(2)

 馬車の振動が、おしりに伝わる。

 長距離を移動したら、かなり疲れるだろうな。

 隣に座るノアに肩が当たらないよう、腹筋に力を込める。

「つまりお前は、皇太子とエイヴィルとの間に、何か個人的なトラブルがあったと思ってるってことか」

「うん。トラブルとまではいかなくても、二人の間には何かあるはず。だって、あんな大量の贈り物が、全て手付かずで置いてあったんだよ。開けてみたら、全部アメジストの装飾品だった。皇太子側からの一方的な行為だったとしたら、かなり気持ち悪いと思わない?」

「あー…それのことか」

(一方的な好意っていうのは、相手に伝えては駄目なのか?)

 ノアは、何かを思い出しているようだ。

「それか、何か政治的な理由があるのかもしれない。例えば、皇族の血…」

「皇太子は、現皇后の私生児だからな。お前と結婚すれば、旧貴族派の奴らも納得させられる」

「エイヴィルと皇太子は、本当に交際していたの?新聞だと、色々なことが書かれているけど」

「さあな。だけど、前に俺が皇太子の遊び相手の候補の一人として、皇室に行ったことがあるって、お前に話しただろ?」

「うん」

「その日、エイヴィルが選ばれたんだよ。皇太子の遊び相手に」

「え?そうなの?」

「ああ。お前は10歳くらいだったかな。だけど何故か、次の日には外されたんだ。皇帝陛下の一言でな」

「…皇帝陛下は、エイヴィルを皇太子に近づけたくなかった?」

「かもしれないな」

 どういうこと?

 血の繋がりがない息子を跡継ぎにしたがっている皇帝にとって、エイヴィルとの結婚はメリットしかないはず。

 むしろ皇太子は、皇帝陛下の指示で、エイヴィルを振り向かせようとしているのかとも思っていたのに。

 すると皇太子は、自分の意志でエイヴィルに贈り物をしていたってこと?

「…」

 ノアからの熱っぽい視線に気が付かないほど、私は深く考え込んでいた。

 


 馬車が止まった。

 思ったよりもすぐに到着して、急に緊張してきてしまった。

 馬の短い鳴き声が聞こえ、カーライル卿が馬から飛び降りた。

 シャンという金属音が響く。


 ノアがさらりと馬車を降り、左手を後ろに回すと、スマートに右手を差し出す。

「手を」

 馬車の中では、あんなに大人をからかっていたのに。

 きちんと紳士の務めを果たすノアは、ここから先は戦地だと教えてくれているようだった。

 ノアの後方で、カーライル卿も視線を送ってくれている。

「はい!」

 私は気合を入れて、ノアの手をがっしりと掴み、ステップを下りる。

 揺れる馬車に苦戦しながら慎重に降りると、そこには見たことのない光景が広がっていた。

 大人100人が横に並んでも一緒に登れるほど、広い階段が目の前に現れた。

 その両端一段一段に、近衛騎士が並んでいる。

 その先を見上げると、全体が見渡せないほど大きなお城の頭が顔をのぞかせている。

 あまりのスケールに、私は上を見上げ、ただ口を開けることしか出来ない。

「公女様。お辛いようでしたら、私がお抱えいたします」

 後ろから、カーライル卿が声を掛ける。

「あ、いえ。あまりの大きさに、圧倒されてしまって。これくらい、自分で登れます」

 私は、左手でノアの手を取り、右手でドレスの裾を持って、階段にゆっくりと足をかける。

 温かみのある照明が、白い大理石の階段を照らす。

 何て素敵なんだろう。これが本物の、お城。

 壁にも柱にも、素晴らしい彫刻が施されている。

 階段を登る足音と、カーライル卿の剣の音だけが響いている。

 いや、少しずつ水音が強くなってきている。

 上に噴水があるようだ。

「ところで、何で誰も居ないの?」

「俺達が最後なんだよ。爵位の低い家から順番に会場に入るからな」

「そうなんだ」

 帝国唯一の公爵令嬢なんだよね、エイヴィルは。

 エイヴィルは、その事を喜んでいたのかな?

 それとも、負担に感じていた?

 エイヴィルに取り入ろうと思っていた大人は大勢居たはず。 

 でも、公爵はとても娘を守れるような状態じゃなかった…

 エイヴィルは、自分で自分を守るしかなかったんだ。こんなすごい場所で。

 数々の男性とのスキャンダルが上がったのも、もしかしたら、味方を増やしたかっただけなのかもしれない。

 私が今、二人の騎士に支えられているように。

 いや、それにしてはやり過ぎか…。

 

 やっと階段を登りきったと思ったら、大きな噴水がど真ん中にある、とんでもなく広い庭が現れた。

 やっと全貌を表した城は、私を中に入れるべきかどうか査定しているような、威圧感を放っていた。

 城の入口まで、ズラリと騎士たちが並んでいる。

 ちらほら、第三近衛騎士団員の姿が目に入る。

 カーライル卿が居るからか、気合の入れ方が違う。

「ここの広場で、皇太子に初めて会ったんだ。何人かの子供たちと一緒にな。走り回ったり、お茶したりさ」

「そうなんだ」

 周りを見渡しても、特に遊具になりそうなものはない。

 美しくて、広い、何も無い空間。

 現代のゴチャゴチャした世界にいた私にとっては、魅力的な場所だけど。

 常に誰かに監視され育った子供たちは、どうやって遊ぶんだろう。

 奥の雑木林まで、シンメトリーに手入れされている。

「あれ?」

「とうした?」

「あの奥の木…一本だけ切られてるよ。ほら」

「あの切り株のところか。昔から無かったっけ?…いや、昔はあったよ。俺登ったもん」

「ふふ」

「何だよ」

「可愛いなって思って。木登りしてる子供のノア」

「今だって登れる」

「あはは」


 開け放たれた、城の門に差し掛かる。

 誰も、何も言わないけど、招待状とか見せなくて良いのかな?

 パーティー会場へと続く玄関ホールは、どうやって掃除するのかわからないほど天井が高い。

 見上げると、テニスコート半分くらいの大きさの絵画が並んでいる。

 これは、肖像画?抽象的な絵画も多い。

 私は上を見上げながら、ノアの手だけを頼りに進んでいく。


 シャン

 金属音が聞こえ後ろを振り返ると、カーライル卿が立ち止まっている。

「公女様。私はこれ以上進めません」

「え?」

「パーティー会場に、帯刀してる人間は入れないんだよ」

 ノアの説明で、会場の入口にたどり着いていたことに気が付いた。

「行くぞ」

「うん」

 私は一つ息を吐き、ニッコリと笑顔を作った。

 重たい扉が開く。

「ウェールズ侯爵家より、ノア・ウェールズ令息、マレ公爵家より、エイヴィル・デ・マレ令嬢のご入場です」



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