第一部「絆の誓い」 第一章「黒の時代」
この作品はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。
「いっでぇぇぇぇ!!」
薄暗い路地裏を進んだ先、建物と建物の間に生まれた小さな空き地で頭や顔面、腕に至るまでタトゥーを掘った巨漢が一人殴り倒されてる。
その空き地には空き缶だのガラス片だのゴミクズが散らばっている。地べたは少し湿っていて、巨漢の服には土が纏わりついている。
倒れたまま男が視線を上へと向けると、その先には一人の青年が写る。
「何回言わせりゃ解るんだ。お前じゃオレには勝てない。さっさと財布寄越せ。
渡さねぇんなら勝手に取ってくぞ。」
「ま、待て…!」
青年は男の右の尻ポケットから財布を強引に抜き取っていく。男から財布を取り上げると、青年はさっそく財布の中身を確認する。
「やっぱりあるじゃねぇか。きっちり10万、ゲンナマで。
いい加減懲りろよ。この前も「依頼」の標的にされてたじゃねぇか。」
「………。」
男は黙りこくって何も言おうとはしない。
そんな男の不貞腐れたような態度に青年呆れた表情を浮かべる。
実際のところ、この男をボコボコにするのはこれで3度目なのだ。
「この財布は貰っていく。悪いのはお前なんだから、いい加減学んでちゃんと働いて稼げよ。」
地べたに倒れ土にまみれた男を尻目に、背を向けさっさとその場を去ろうとした。
その時だった。
「こんな世の中でまともに働くなんてバカバカしい…。」
「………。」
「死ねやボケがぁ!」
近くに転がっていたガラス片を手に取ると、男は起き上がり、背後から青年へと襲いかかる。
「…バカが。」
瞬間、男の動きが止まる。腕や足、指先に至るまで微動だにしない。何かに身体を握られてる。それもかなりの力で。
「な…えっ!?何がどうなって……。」
「こんな世の中だから一つアドバイスしてやるよ。
喧嘩売る相手は選べ。お前じゃオレには勝てねぇよ。」
「あ…がぁッ……。」
男の首が見えない力によって締められる。青年は男にビタ一文触れちゃいない。首に手の形のような窪みがはっきりと見て取れるほど力強く締められ、直ぐに男は気絶した。
「こんな世の中、か。
お互い、なんでこんな時代に生まれてきちまったんだろうな。」
ここは東京、嘉口町。今や混沌と化した日本の中でも悪名高い都市である。
__________
はじめまして、こんにちは。
改めて自己紹介を。オレの名前は「夜野 明」。ここ東京、嘉口町で「何でも屋」を営んでいる。
親はオレが物心付く前に他界、以後は「夜野 宗一」っていう職業不定のおっさんに育てられていたが、間もなくして失踪。
途方に暮れていたところを「ある人物」に見込まれて何でも屋を始めることになった。
何故オレがその人物に見込まれたか、それは多分オレの能力からだろう。
この世界には「能力」を持って生まれる奴が少なからず存在する。
オレの能力は「闇を操る」だ。影とか、暗闇とか、そういうのに質量を持たせて物理的に操れる。とは言っても無敵じゃない。暗闇の中の相手であれば無条件で攻撃できるわけじゃない。光があればそれまでだし。ここは追々話していこう。
…まあこう建前を並べてはいるが、我ながら強力な能力なのには違いない。自惚れるつもりもないが、かと言って自分の能力を過小には評価しない。する
オレは生きるためにこの能力をここら一体を領地として活動する組織へ売り込んだ。
その時にオレの能力に真っ先に食いつき、「何でも屋」の仕事を与えたのがその人物だった。
オレの事務所は「嘉口町市番街」、そこを脇道にそれて、暫く進む。そこら辺にゴミや鳥の糞(なんなら鳥の死体)、最悪な時で人の死体が転がってるような道を暫くゆくと3階建ての雑居ビルがある。そこの2階の1室がオレの何でも屋の事務所だ。
「よぉ。待ってたぜ、アキラちゃん。」
事務所の扉を開けると、来客用の穴開きソファーに堂々と腰掛けてる、きっちりとした紺のスーツに身をまとった白髪のおじちゃんが居る。
「……どうやって入ったんスか。國見さん。」
「そう睨まないでくれや。悲しくなっちゃうよ俺ぇ…。
俺らの仲だろ?なんたってもう2年以上は一緒に働いてきたんだ。そろそろ一緒にホテルにでも…。」
「クドい。オレはそっちの趣味は無いッスよ。」
「ンだよ。1回ヤッたらお前もハマるって!
って!ハマるってどっちの意味だよ!ギャハハ!!」
「……。」
この歳で未だに青少年に対して本気かネタかわからないセクハラしてくるこの男こそがオレに何でも屋の仕事を与えた人物、名を「國見 直哉」である。嘉口町を取り仕切る闇組織(表社会と裏社会が裏返った今、どっちを闇と言うべきかは悩ましいが)「ピーチハザード」で幹部をつとめる一人である。
能力者であり、確かな実力とカリスマ性を持ち合わせ下の者たちからも評判の良い人物だが、「俺は少年にしか興奮しない。」と言って唐突にとある養護施設から青少年を攫って来るような、自他共に認める「狂人」である。その後の青少年たちの行方は誰も知らない。
「で、頼んでおいた仕事はどーなのよ、アキラちゃーん。」
「ん。」
男から取り上げた財布を、國見の前の机に投げ捨てる。
「中身は…うん。いいねぇ。これでちゃんと回収できた。さっすがはアキラちゃん。仕事はいつも抜かりないねぇ。
アイツほんとに困っちゃうよね。俺らから金借りてるクセに滞納してはを繰り返して、アキラちゃんに頼むのもこれで3度目だよね〜。そろそろ躾が必要かねぇ。」
「…何の用スか。」
「何の用って、どういうこと?」
「いつも下っ端に回収させにきてるでしょう。態々幹部のアンタがここまで足運んだんだ。何か用があるんでしょう?」
「あー、ご明察!話早くて助かるわ!
俺今日むっちゃムラムラしててさ。アキラちゃんには慰めてほしいんだよね。」
冗談かマジで言ってるのか良くわからない。けど、本題は持っと他にあるはずだ。
ピーチハザードは嘉口町を取り仕切る強大な組織だ。その1幹部ともなればいついかなる時も油断してはならない。幹部1人が死んだともなればピンクハザードの看板に泥がつき、反旗を翻される可能性があるからだ。
だからこそ、態々部下も連れず、お忍びでここに来るにはそれ相応のワケが…。いや、コイツなら「ムラムラしたから」でオレの下に来てもおかしくはないが。
「……。」
「わーったって。本題言うからそんな拗ねないで?
近々君にでっかい仕事を任せようと思ってね。その予告に来たのよ。」
「でかい仕事?」
珍しいこともあるものだ、と思い少し驚いた。
この仕事についてからというもの、依頼主(主に國見)からので未納の分の金の回収とか、そういう下っ端の雑務しかこなしてこなかった。だからこそ、態々幹部が出向いてまで伝えに来るほどの仕事がオレにやってくるのかと思うと、嬉しさ以上に不安が勝る。
「内容は?」
「銀行強盗退治だ。」
「銀行強盗なんて、態々オレみたいな組織外のヤツ使わずとも解決できるんじゃ…。」
「それが、そうもいかないんだ。」
珍しく國見が真面目な態度とトーンで会話を進めるので、より一層緊張感と不安感というものが増していく。
この街での銀行はピーチハザードの預かりである。
どんな世の中になろうと、信用して金のやり取りができる機関は必要である。そのため幹部である國見が主体となって領内に新たな銀行をいくつか立ち上げたのだ。
最も、ピーチハザードが立ち上げたとあって一般で使おうなんて客はそういない。怖いもの。
そのため、銀行とは名ばかりで今やでピーチハザードが金のやり取りや精査、保管などを行う機関となっている。
そんな銀行を襲撃するなんて行為は、ピーチハザードを敵に回す、すなわちこの街全体を敵に回す行為に相違ない。昔にもそんな無謀をかます輩が居たのは聞いたことがあるが、一瞬のうちに全員が始末され、二度とこんな無謀を働かぬようその死体は見せしめにされた。
以来、銀行強盗なんて一度も聞いたことはなかったが…。
「5つあるうちの銀行のうち3つが既に襲撃されている。連中は4名。4名全員が能力者だ。」
「いくら相手が能力者だからって手こずりすぎじゃないっスか?」
「あぁ。どこのモンかは知らんが相当な手練れだ。こっちも可能な限り兵隊を送ってはいるが、いつも痛い目見るのはこっちでね。俺が直接手を下したいところだが、「銀行強盗如きに本気を出す男」なんて話が流れたら俺の組織内での風当たりも悪くなっちゃうの。
だから信頼出来るアキラちゃんの出番さ!君の実力なら銀行強盗を制圧できる!」
「……報酬は?」
「お!?やってくれる!?」
「拒否権ないんでしょう?」
「まーねー♪」
拒否でもしようものなら、後にどのような報復が待っているかわかったものじゃない。ここは素直に従おう。
「金は用意しよう。普段の10数倍はくだらない額をな。
他には…部下の者達に調べるよう指示してあげよう。
「夜野 宗一」の行方を探れ…とな。」
「!?」
その一言を聞いて息を呑む。身体が固まる。
今やなんて言った?「夜野 宗一を探るよう手配する」だと?國見の口からそんな言葉を聞く日が来るとは思いにもしなかった。
國見がオレに何でも屋の仕事を与えたのには、オレという便利な兵隊を近くに置いておくという理由以外にもう一つあった。それは、様々な依頼や情報が流れてくる何でも屋ならば、夜野 宗一の行方を探しやすくなるだろうというものだった。
オレは失踪した夜野 宗一の行方を追いかけたかった。オレの両親は何故死んだのか、アンタはなんでオレを育て、そして捨てたのか、聞きたいことが山程あるのだ。
しかし、いざ仕事を始めてみると依頼なんて國見から遣いを仲介して言い渡される仕事以外1つもありはしなかった。勿論のことだが國見も、オレの捜査に付き合ってくれることもなかった。
「それだけ今回の依頼は重要なのさ。
いいかい?ためらわず殺してくれて構わない。」
「………。」
殺し、という言葉を聞いて顔をしかめる。
「なんだよ、その顔。」
「…殺しはしません。囚えて金を取り返します。それで十分………」
「アキラちゃんさ…。」
そう口を開いた瞬間、何処から取り出したか、オレの目をめがけてハサミを投げ飛ばしてくる。
いきなりのことでオレも反応が遅れたが、眼前でなんとかキャッチする。
「前々から言いたかったんだけど、甘いんだよね。そういうの。そんなんじゃ、この世界じゃやっていけな。
わかるだろう?君は中途半端なんだ。中途に捨てきれない善意のせいで闇にもなりきれない。かと言って、君の今の仕事は悪そのものだ。
裏社会と表社会が裏返ったこの世界で善悪を説くのも変な話だけどね。」
「……言いたかったのはそれだけっスか?」
「うん♪じゃ、ハサミ返して〜。」
そう言われ、刃の部分を手に持ち、指穴の部分を國見に向けて返そうとした…その時。
「はい甘い。」
「なっ!?」
國見はハサミを受け取った瞬間、刃を開き刃先をオレの首に向け、空いた手でオレを押し倒し、その後オレの掴んで両腕を抑えた。
「アキラちゃんわかってる?そういう甘さが命取りなんだって。俺はハサミ一本さえあれば君を好きなだけ犯せるんだ。そんなヤツ相手に律儀に持ち手側を向けるなんてさ〜…。」
「…どけよ。」
「まだ強がる?いいねぇ!アキラちゃん最高!じゃ、この続きはまた今度…今回の仕事をしくじったときにでもしようかな?」
「……しくじったら問答無用で殺すくせに。」
「お、わかってきたじゃん。
そ、甘えは許されない。それじゃあ部下に示しがつかない。そんときゃ君でも殺す。」
拘束を解いてさっさと立ち上がると、出口の扉へゆっくり歩いていく。
「じゃ、そう言うことだから。今日はもう帰るわ。能力の詳細についてや詳しい日程が決まったら遣いを出すよ。
じゃ、ムラムラしたら連絡よこしてね〜。いつでも歓迎するよ。」
そう言い放つと、この事務所を出ていってしまった。
正直やられっぱなしで気に入らない。かと言って反撃もできなかった。立場的にも、実力的にも、オレじゃあ到底國見には及ばない。
オレは、どうやら完全に首輪をつけられてしまっているらしい。
「………。」
床に倒れたまま、天井のシミをボーッと眺める。考え事をしているわけでもない。ただただ今はボーッと、そうしたいのだ。
目的まで遠い。一人で心細い。いつ死ぬかもわからない。先が見えないという不安感。
仕事中こそ強がってはいるが、ホントは泣きたいほど怖いときもある。
國見相手なんていい例だ。少しでも弱みを見せれば漬け込まれる。さっき押し倒されたときのように。
踏み込みすぎれば消されてしまう。オレからアイツにお願い事なんて出来やしない。
「なんでこんな時代に、オレ一人なんだよ…。」
ただ一人、小さくて小汚い部屋で弱音を吐くことしか出来ないのだ。
__________
これは、「夜明け」の物語。
「日本の夜」と呼ばれるこの時代に終止符が打たれる、という意味もあるが、一人の青年が戦いや出会いを通して成長していく物語でもある。
黒の時代 完
お読みいただきありがとうございました!
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