お節介焼き
今年で十七歳となる東 京太郎はおせっかいだ。幼いころに田舎で育っただろうか、だまされることを少しも警戒していないかというほど、他人のことを信用するのに時間をほとんど要さないことは彼の知り合いならば皆が知る常識だ。
「お前、今日散発行くだろ?」
「え?あ。うん。そうだけど、なんでしってるの?」
「友達から聞いた。駅前のとこなら今日早めた方が良いかもよ」
「どうして?」
「何でって、……雨、だし?」
「それだけ?いや、行くよ。もう予約しちゃったし」
梅雨が始まって京太郎の座る席の横で音を立てる窓からは少しかび臭いにおいがする。隣の席で下校の準備をする山中さんは美容には人一倍気を遣う模範的女子生徒であった。「そう、でも」
「……何?まだ何か?」
正直なところ彼女は、京太郎のことはあまり好きではない。いや、隣の席になったとき、初めて話しかけられた時には少し不快に感じてしまったからむしろ嫌いな方かもしれない。無意識に冷ややかな視線を浴びせられた京太郎は、異常な速度で発する言葉がしりすぼみになって、果たしてほとんど言葉と呼べる音は出なかった(彼自身もあまり彼女のことは好きではなかったのかもしれない)。半ばかばんを振り回すように持ち上げた山中さんは、携帯で時間を確認するといそいそと教室を出てった。
「……はぁ。あそこ、来月から学割キャンペーン始まるのになあ」
露骨に落ち込み、気を紛らわせようと見た窓には雨が激しく打ち付けている。――外を見ても、今日はいいことが起こらないと悟った。京太郎の席に歩いてくるのは丸眼鏡を栗色の短髪の下にかけた男子生徒。蒸し暑いのだろうか、制服の第二ボタンまでを開けており、――一言で言えば、ガラはいい方ではなかった。
「おい、キョウ。今日は卵が特売なんだよ。でも、一人一パックまでらしくてさ」
「えーまたぁ」
「頼む、おふくろと妹にオムライスを作ってやりたいんだ」
「良いけど、今日は駅の近くのとは別にしようぜ。あっちの方がお前の家にも近いし」
「はあ?特売だっつってんだろ」
「いやまあ、……雨だし?近い方が良いだろ?あと、普段はあっちの方が卵は安いぜ」
「え、マジで?ふーんそお……その情報に免じて今回はそのアドヴァイスに乗ってやろうかなっ」
茶髪の男子生徒、秀樹は、その言葉に似合わぬ上機嫌で、京太郎を教室から連れ出した。
無事に卵を買い終え、京太郎はちゃっかりそのまま秀樹の家で彼の妹とともに夕飯を食べていた。
「おにい、これすっごくおいしい!」
「お~そうかー。たくさん食べてどんどん育てよー」
「おにいー俺はお代わり―」
「図々しいな、少しは遠慮しろ。ほら、皿。洗うからよこせ」
「えーー俺のおかげで雨に濡れなかったと言っても過言じゃないのに」
すると、(台所にいた秀樹には見えなかっただろうが)食卓から一番近い壁にあるテレビに映るニュースのトピックが変わった。
――速報です。
今日午後七時頃、○○駅前で車二台を巻き込む交通事故が発生しました。そのうち一台は近くの美容院に突っ込み、運転手や学生を含め四人が死亡、その他二人は重軽傷を負いました。現在、救急隊の治療が続いて……――
「うわーひっどい。ここっておにいときょうたろーのがっこうのちかく?」
「うん?あぁ……まあ、そう。だから行かなきゃよかったのにね……」
「?……でも、『きゅうきゅうたい』ってすごいね!困った人を助けるんでしょ?ヒーローみたい!」
「そうだけど……。妹ちゃん、俺が良いことを教えてあげよう」
――褒められるのは、ヒーローのお仕事じゃないよ――
他人の命を救うヒーローというものは、もとよりお節介な性分らしい。