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ブラックサンタ、恩返し  作者: 社不旗魚
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ブラックサンタ、恩返し

人づきあいが苦手なあまり、喧嘩ばかりな青年。捨てられていた黒猫との出逢いは……

 クリスマスはあまり好きな方ではない。そもそも、年末年始は宗教関連のイベントを詰め込みすぎだと思う。まだイブだというのに、道行く人の中には当たり前のように二人組であふれており、トナカイの角やらサンタの帽子をかぶっている奴らに関しては後日是非ともどんな気持ちだったかインタビューしたい気分だ。

 その時、人ごみの中の一人と俺の肩がぶつかった。

「いってぇ……すみません」

「あの人、ちょっと目つき怖かったよね」

 別に俺としては絡むつもりなど毛頭なかったのだが。やはり女性には警戒してしまうのだろうか。すべての女性が束縛してくるなんて、あり得る訳ないのに。

 初対面、いや、対面さえしていないカップルにすれ違うだけで文句を言われた俺は一層機嫌を悪くしてバイトからの帰路をたどった。


「おかえり、早かったね。日にちが日にちだからてっきり友達と出かけてると思ってた」

「バイト」

「へぇ。頑張るのもほどほどにしとけよ……あっあと。喧嘩もほどほどにな、父さんみたいになるなよ~」

 家の中は玄関からすでに酒臭い。それだけでもうここにいる気はなくなった。

 当時は俺は何も生活に不安を抱いていなかったのだが、高校受験のころに両親が教育方針で対立したことをきっかけに、昨年離婚してしまった。――大人は自分の都合で俺のことも決められるから。

「また外 出てくるから」

「どこ行くんだ?」

「散……ケンカ」

「へぇそっかぁ。頑張ってこいよー」

 俺は何も言わずに寒い空気を浴びて外へ出た。

 ……大人は矛盾が多いから嫌いだ。


 駅前から少し離れて、人通りが少なくなってきた路地。その一角に、変な音を立てる段ボール箱が置いてあった。雪も元々少しだけ降る地方だったので、こんなのは今の時代、珍しかった。

「ぬなぁ」

「ホントに変な鳴き声だな、おまえ」

 中に住んでいたのは、少々ずんぐりとした黒猫。毛並みに癖があるようで、毛先は小さなまとまりになってはねている。今の時期に外にほっぽり出されていては流石にかわいそうだ。

――お前も、ひとりぼっちなんだな。

 そんな言葉が頭の片隅にでも出てきてしまったことが恥ずかしい。俺はそんなことを誤魔化すように、黒猫の入った段ボールを抱えて歩いていた。

 ただいまも言わずに(父は帰った時には酔いつぶれて寝ており、言う必要もなかった)家の風呂を沸かし、体を温めながら洗ってやる。猫は風呂を嫌がるというらしいが、この子は全く違って気持ちよさそうにシャワーを浴びてくれた。

「ほら、終わったぞ」

「ぬなぁんあ」

 黒猫はそう言い終わるとすぐに風呂場を抜け出し、父さんの寝ているソファの上を飛び越え、そのままリビングの窓を蹴って出て行ってしまった。

「父さん。猫って気まぐれなんだな」

 テレビで誰も見てないクリスマス特番が流れながら、その言葉を聞いている人は一人も居なかった。


 あれから、一年ほど経っただろうか。この時期まで勉強尽くしで過ごさなくてはいけないのも学生としてはもう最後のことになると考えると今まで頑張ってきた自分に少しは感動が湧いてくるな。まだ高校二年生ではあるのだが、簡単には勉強の手をゆるませてはくれない学校に入学してしまったなぁ。ケンカのことはバレなきゃいいけど。

「ホントに一人にしないでくれよ、父さん」

 俺が仏壇に置いたどぶ○くのすぐ隣には、いつも変わらず屈託のない笑みを浮かべた父さんの写真が。……十か月ほど前、いつも以上に泥酔して高層ビルに侵入した挙句、落ちたらしい。母さんの方は連絡先を知らないのでどこで何をしているのかもわからない。

 人が死んでしまうと辛い。でも不思議なことに、(好きなこと)に殺されて陽気なまま人生を終えた父を羨ましがる自分がいる。……受験勉強でおかしくなってるんだろうな。

 仏壇から立ち上がろうとしたその時。家のインターホンが響いた。誰だ?家に来るような親しい仲の友人も近所にはいないし、父さん宛の来客ももう来ないはずだ。

 ドアスコープの向こう側には、見覚えのない黒髪の女が一人。……本当に見覚えが無い。女性との関係なんて、二年前にちょっと愛の重い彼女が一時期いたくらいだ。向こうもドアスコープを覗き込んできたのに俺はおびえ、居留守しようかと思ったその時。

 帰ろうとしてドアから離れた女が、冬にしてはひどく薄着だったことに気付いた。

「おい待て」

 その時にはすでに反射的にドアを開けて、女を呼び止めた。女性に自分から話しかけるのなんて、多分これが最初で最後だろう。最初に見たときは腰辺りまで伸びた黒い癖毛で良く見えなかったが、やはり上着の類は着ていない。

「その恰好は寒いだろ……とりあえず、用がある無しどっちでもいいから上がれよ」

「あ、ありがと……ございます」

 女はやや怯えたようにしたものの、赤くした鼻で大きくうなずいた。


「とりあえずこれ掛けてろ」

「うん」

 ブランケットは母さんが出ていく前にあったものを最近洗い直したのでそれを掛け、リビングの石油ストーブの電源を入れる。

「あのさぁ、君どっかで会ったことある?」

 ふと、なんで見覚えのない人に対してここまで親切にしてあげられるのか疑問に思い、そう口に出していた。

「どうして、そう思うの?」

「いや、なんと言うか……俺、女性がちょっと苦手なんだよ。ちょっとトラブルがあった後は、家族とも距離が離れて行ってたから。……普通はこんなことも初対面で言おうと思わないし」

「うん、半分以上正解」

「苦手って言っても、一人にモノみたいに扱われただけなんだけど」

「家族からも?」

「うーんどうだろ。父さんは最後まで無関心だったかな。母さんはそもそも会ってない」

「かわいそう」

「あそうだ。名前は?半分でも正解なんだろ?」

「名前……おまえ」

「俺?俺はアズマ。ないと思うけど下の名前で呼ぶのはやめてくれ」

 返事の声は会ってからずっと途切れ途切れだ。そして、勝手にテレビをつけた女は年末特番が流れているのを見て。

「ねぇ、今日、誕生日」

 いきなり何を言い出すのかと思えば、今日が誕生日なのか?この人。

「そっか。おめでとう?」

「歌おうよ。誕生日には歌うものでしょ。ケーキも食べるもの」

 ……そう言えば俺の誕生日も今日だった気もするが、もう何年も意識してなかったから覚えてないや。

「ケーキは今はないかな。それに…」

 少し太りすぎではないかという言葉が喉まで出かけて、流石に遠慮が無さ過ぎるとこらえた。

「ハッピバースデートゥーユー――」

 その歌はお世辞にもうまいとは言えなかったが、どれほど有名な歌手が歌うよりも俺の心を動かし。

 その部屋はこたつもなく、俺は()けたばかりのストーブからも遠かったが、なぜだか体の芯まで暖かかった。

とりあえず今年の短編小説はここにまとめました。これからも見かけて頂けたら幸いです

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